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2009年6月28日

LS3/5Aというスピーカー

 LS3/5Aという名前。それだけを見れば、まるでロボットの名前という気がする。実際、この名称は規格名であって、他のスピーカーの、それ自体が愛称となりうるような名称、例えばパラゴン、オートグラフといった名前にくらべると無味乾燥という気がする。しかし、多少なりともオーディオに関わっている人間にとって、その名前は、いわば小さな伝説だ。

  1960年代後期から、英国放送協会(BBC)は、スタジオ外からの放送のためのモニタースピーカーを求めていた。それまでのモニタースピーカーは中継車や、会場の一室などに設置するには大きすぎた。LS3/5Aは、その要望に応えたものだった。大きさは幅19cm、高さ30cm、奥行き16cm。確かにこれであれば、ほぼどこにでも置けた。もちろん、犠牲になった部分がなかったわけではないが、限られた空間において、これに代わるものはなかった。

 そのLS3/5Aが一般に発売されたのは1970年代半ばだ。当時、1台7万5千円という高価なスピーカー。参考に、1975年発売のテクニクス SB-7000をあげれば、幅48cm、高さ84.5cm、奥行き41cmで1台9万円だ。容積にして18倍のスピーカーと定価にして1万5千円しか違わなかったわけだ。それでも購入した人がいるというのは、BBCモニターというブランド、BBCと同じくスペースファクターの問題、そして、なによりも音の良さだったのだろう。ステレオサウンド159号で傳信幸氏が次のように記している。
しっとりとしたチーク材仕上げが小さいくせに小生意気に渋いのだ。深いいい音をしている。わたしがLS3/5Aに魅了されたのは、その音像フォーカスがシャープなことと空気感が軽々と漂う快適さであった。(中略)ハインツ・ホリガーとバーゼル・アンサンブル、カール・リヒターとミュンヘン・バッハ管弦楽団など、左右のLS3/5Aの間に、まるで人物のオモチャを多数並べたようにミニチュアの音像が並ぶのだ。響きが綺麗に分散する。素敵な手品に魅せられるような思いがした。ははーん、小型のスピーカーってこんなに楽しい思いをさせてくれるのだと、わたしの音楽の感じかたやオーディオの楽しみかたの新しい1ページをLS3/5Aが開いてくれたのである。
  ネット上で使用している人の意見を読ませていただいても、二十数年大切に使用している方や、発売当初に聴いてほれ込んだという方、もしくは最近になって、その音を聴き夢中になったという方、様々な方の思い入れが、このスピーカーに注がれているのがわかる。私自身は2008年07月にその音をはじめて聴き、購入に至った。確かに傳氏の言うとおりだ。こんなに小さいのに、各レンジだってそれほど広いわけでもないだろうに深く、説得力のある音を奏でてくれる。

  LS3/5Aは前述のとおり、BBCの規格名だ。ゆえに、その規格に準じて作り、BBCの認可を得れば、LS3/5Aとして発売することが出来た。前述の傳氏の記事によれば、その生産指令書はそれほど厳密なものではなかったようだ。それゆえなのか、生産した各社で音の違いがあるようだ。主な生産メーカーはユニットの供給元でもあるKEF、今もLS3/5Aの後継と言えるMonitor20を生産するHarbeth、同じくS3/5Rを生産するSpendor、そして出荷されたLS3/5Aの6割を占めたというRogers。生産は70年代から90年代後半まで続き、生産台数は10万ペアにのぼったという。生産終了後もユニットは異なるが明らかに、それを模したスピーカーがキットや完成品で売られ、そして2008年にはRogers起業60周年を記念する形で「LS3/5a BBC モニタースピーカー」が発売されている。香港やマレーシアといったアジア圏では、各種のLS3/5Aを収集する人々もいるようだ(参考:http://jbl375jp.exblog.jp/6830265/

  このような状況から考えてもLS3/5Aは、いわゆる「名機」であろう。JBLのパラゴン、ALTECのA7、TANNNOYのオートグラフなどの並み居る名機の中では、衆目を惹くには小さすぎるかもしれないが、しっかりと、「小さな伝説」を身にまとった存在と言えそうだ。その伝説がどうやって生まれたのかといえば、「既存のスピーカーが使用できない狭い環境でも、使用可能で十分な音質を持ったモニタースピーカー」の作成を標榜したBBCの研究者たちと、彼らが生み出したスピーカーを大切に使い続けたユーザたちがいたからに違いない。極端なことをいえば、オーディオ機器そのものは、単なるモノに過ぎないのだ。それを「名機」にするのは作り手と使い手の努力、思い入れ、その交錯よって作り出された数々の物語によってなのだ。その物語は、徒に高性能であることを誇ることによって出来上がるものでもないし、いまどきありがちな「限定生産」によって生み出されるものでもない。上述の名スピーカーたち、以前取り上げたMARK LEVINSONのLNP-2やマランツの#7にせよ、「今」という基準で絶対値として計測すれば、それらに並ぶ、いや、それらを凌駕する性能を持った機器は存在するはずだ。また、これらの機器は、結果として現在は入手が難しくなっているが、元々、生産数が限定されていたわけではなく、高価であるということはあったにせよ、入手そのものが不可能であったわけではないのだ。

  伝説とは物語だ。オーディオにおけるそれは、作り手と使い手が紡ぐものだろう。もし、あなたが大切に思う機器があるのであれば、その機器への思いを語って欲しい。それが、その機器を名機とし、人を惹きつける原動力となるはずだから。

参考URL

投稿者 黒川鍵司 : 15:42 | コメント (2) | トラックバック (0)

2009年6月23日

戯言

  • 30年前のスピーカーが、30年前の音楽を奏でている。なんて書くと、大仰に思えるけれど、つまりは、RogersのLS3/5Aチューブラー・ベルズを再生しているだけのこと。そして、メディアはSHM-CDだし、プレイヤーもアンプも30年前のものじゃない。でも、どこかにその時代を香らせているようにも思えなくもない。

  • AD不足の記事。そういえば、あの子はどうしているだろうと顔が浮かぶ。

  • 尊敬しえる人材がいないということが、この国らしいところなのでしょう。

投稿者 黒川鍵司 : 21:32 | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年6月21日

巨大な象と大きくて小さな女の子

 いつの間にやら、僕らはファンタジーというやつに力を与えることを自分に禁じている。無条件に付き従ってる「現実」というやつだって、一つの仮説、シミュレーションに過ぎないのに。

 さて、そんな日常というやつは、いつまでも続いていくのだけど、時には忘れてしまったキュウリの木に水をやり、チーズの島を踏みしめてみようじゃないか。

 巨大な象と大きくて小さな女の子がいざなってくれるはず。



 もう一度、そう、もう一度、夢に力を!

投稿者 黒川鍵司 : 21:08 | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年6月16日

思い込み。

  • 「アルルの女」のラストの明るさは、自殺という形であっても、姿さえ見せないアルルの女の呪縛から逃れられた、主人公の絶望的な開放感を描いているのだ思っていた。

  • 高橋和巳の「邪宗門」のラストは松江騒擾事件を、そのまま持ってきていると思っているが、どこにもそういう話は無いようだ。

  • 知れば知るほどわからなくなることがあるなんて、思ってもいなかった。

投稿者 黒川鍵司 : 20:43 | コメント (2) | トラックバック (0)

2009年6月11日

戯言

  • 本人から、作品を譲ってもらうと、その人のかけらをもらったような気になる。

  • 満足な状態になったと言えそうだ。

  • 目の前の女子高生が、こちらに興味あり気な視線を投げる。その視線に気がついて、彼女を眺めた僕は、首をかしげて、背を向けるに至る。なぜかといえば、彼女の下着が、ブラウスとスカートの間から見えていたからだ。蔓を描いたその柄に、どういう意味なのかと訝しんで首をかしげ、そして、そこに目を向けた自分を恥じて背を向けた。そういうわけだ。

  • また、西へ。西へ行きたい。

投稿者 黒川鍵司 : 17:18 | コメント (13) | トラックバック (0)

2009年5月27日

戯言

  • 真っ直ぐ飛ぶアゲハは、きっと慰めるべき無残な死を捜している。

  • そういえば、お香が切れている。買いに行かなくちゃ。

  • あかねさす 日が照らしたる横顔の 奥に潜むは 誰が思い出ぞ 

投稿者 黒川鍵司 : 21:36 | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年5月24日

手立て

  • 相手が怒涛の勢いで周囲を飲み込まんばかりであれば、こちらは孤高にあろうとするべきか。ただし、孤高を周囲に宣言するようなことをすれば、その時点で無粋、恥となることは、「俺の」という言葉を乱用しながらも、誰かに賛同を得たいという心根が剥き出しの先達を見れば明らか。孤を表現するならば、「俺の」ではなく、孤ゆえの二律背反を滲ませるべき。
  • いひおほせて何かある(芭蕉)
    秘すれば花なり、秘せずば花なるべからず(世阿弥)
  • 陰には陽、陽には陰
    柔には剛、剛には柔
  • おく‐ゆかし・い【奥床しい】
    2 《「奥行かし」で、心がひかれる意から》奥にひそむものに強く心がひかれる。さらによく知りたい。(大辞泉 )

  • となれば、どのように情感を表すか。陰影。その翳に滲ませること。チャドルの奥の瞳のように、顔のない眼のように。

投稿者 黒川鍵司 : 10:28 | コメント (0) | トラックバック (0)