2010年3月 7日
部屋
オーディオ用の、というより趣味のための部屋はこんな感じです、という記事をいくつかの場所で書いているのですが、こちらでも書いておきましょう。写真の技術の稚拙さについては、どうぞ、ご容赦を。
投稿者 黒川鍵司 : 18:31 | コメント (2) | トラックバック (0)
2010年3月 6日
今日のことば
有名な逸話でこのようなものがある。グラスがソーホーの依頼先に皿洗い機を取りつけにいったときのこと。タイム・マガジンのアート担当の批評家、ロバート・ヒューズがそこにおり、おまえは作曲家のフィル・グラスではないか、おまえにこんな仕事をさせるわけにはいかないと騒いでいるのを、グラスは自分のいまの仕事は皿洗い機を取りつけることなんだとヒューズを黙らせて、仕事を片付けた......。小沼純一「ミニマル・ミュージック その展開と思考」(青土社)186~187ページ
投稿者 黒川鍵司 : 09:47 | コメント (0) | トラックバック (0)
2010年2月28日
戯言
- 筋肉痛が翌日に出るってことは、まだ若い証拠だという意見を信じておく。
- 「苦労知らずの綺麗な手ね」と言われると、その手を相手の肩に置いて「この手で味わってきたことを、お前にも味わわせてやりたいよ」と言いたくなるのを押さえ込んで、にっこりと「ありがとうございます」と答える。
- そういや、最近CD(レコード)のレビューをしていない。そろそろまとめてやろう。
投稿者 黒川鍵司 : 11:45 | コメント (0) | トラックバック (0)
2010年2月10日
戯言
- 見てご覧、他者には総括を強いたにもか
かわらず、自らは悔いを口にすることもなく、妥協に流れていく人々を。そして、それに続く、意思なき子供たちを。彼らを哀れむよりも軽蔑したまえ。なぜなら彼らは自らそれに甘んじているのだから。
- では、聴くのかい? それとも考えるのかい? 耳に訴えることのない音があるのだとしたら、君が耳をふさいでいるだけではないのかい?
- 繰り返せ、繰り返せ。同じ過ちを繰り返せ。それでなくては世の中はうまく行かぬ。繰り返せ、繰り返せ。同じ過ちを繰り返せ。それでなくては誰も儲からぬ。繰り返せ、繰り返せ。同じ過ちを繰り返せ。誰も真の進歩など望んでおらぬ。繰 り返せ、繰り返せ。同じ過ちを繰り返せ。
投稿者 黒川鍵司 : 22:44 | コメント (2) | トラックバック (0)
2010年2月 7日
GOLDMUND MIMESIS 21D 試聴
普段からお世話になっているダイナミックオーディオさんのご好意で、GOLDMUND MIMESIS 21Dを自宅試聴させていただいた。
同じくGOLDMUNDのMIMESIS 20.6の音を、私が気に入ったが、価格的に無理だという話から「それならこれを聴いてみては?」ということになった。現在の実売価格では20.6の半額程度になるので現実性はあるといえそうだ。それでも私が自宅で聴いたことのあるDACの中では最高額なわけだが。なお、試聴の環境についてはこちらをご覧いただきたい。お店で聴かせてていただいた際に感じたのは、現在使用している4715に比べ、瞬発力、ダイナミックさが優れており、描かれる空間も広く、それらがオーディオ的快感に結びついているというものだった。今回、自宅で聴いた時、まず頭に浮かんだのは、クラナッハが描くところの貴婦人の姿だった。肉感からかけ離れたスリムさ、高貴さを具現化した視線と肌の質感、それでいながらどこかしらに淫靡さが滲み出たあの女性たち。これに比べると4715の、あの淡い耽美さは、初めて口紅をひいた10代の少女程度のものかもしれない。
まず、情報量について。描かれるものに不足はまったくない。それでいて、バラバラな印象とはならない。しかし、これは価格を考えれば当然のこととも言えるだろう。次に高域。よく伸び、その最高点でキラリと艶がきらめくように感じられる。その瞬間には、一種の焦燥感、恍惚感、切なさが感じられ、ある種の快感をもたらしてくれるといえるだろう。しかし、この快感、官能美は、上述のクラナッハの描く婦人の妖艶さが、彼女たちがまとう高貴な冷たさに密接に結びついているのと同様に、秘められた硬質な冷たさと結びついている。この冷たさは、日本製の西洋楽器がもっているあの冷たさとは異なり、もっと鋭角な、鋭利なものだ。例えば、ぎゅっと強く抱きしめてくれるはずの力強いサックス。例えば、ふわりと包み込んでくれるはずの女性たちのコーラス。そういうものの影にひっそりと現れる。GOLDMUNDの音を「良し」としない人は、きっとこの冷たさを良しとしない人なのだろう。
続いて中~低域。このDACの試聴において、私が最も意外に感じたのは、この帯域だ。中域にはかなり厚みがあり、男性、女性を問わず声、そして、それらに似た帯域の楽器の音色にも十分な存在感がある。低域は広がるのだが、決して余計な膨らみは持たず、かなり低いところまで芯のある音を聴かせる。耳ではなく、身体で感じる低音が、私の使用しているPENAUDIO CHARISMA+CHARAから出てくるなどとは思ってもみないことだったし、それがDACの変更によってもたらされたという事実には、ただただ感嘆するしかなかった。GOLDMUNDといえば「クラシックには良いが、その他のジャンルには......」というイメージだったのだが、充実した中~低域、緊張感やスピード感を与えてくれる高域によってジャズやロックもかなりの高得点といえる音であった。そして、これは言うまでもないことなのだろうが、クラシック、特に編成の大きなものについては、スケール感、ダイナミックレンジ、各楽器の描き分けと、その能力が存分に生かされる結果となった。
総じて、定価のことを考えても、満足感を与えてくれるDACだといえる。現状では、その定価の半額前後で購入できるのだから、さらに満足感は高いといえる。しかし、高域に潜む鋭利さを、一種の「美」とできない場合、そこがウィークポイントになると思う。自宅で聴いたわけではないが、最新の20.6では、この鋭角なものが、もっと受け入れやすいものに変わっていたように感じる。いや、しかし、この秘めた鋭さ、冷たさこそGOLDMUNDという気もしてしまったりもする。
ハイエンドと呼ばれる世界に近づけば近づくほど、こういうダブルバインドが眼前に現れる。そして、聴き手、使い手は、この二律背反を「お前はどう思うのか?」と機器に問われることになるわけだ。その意味で、この21Dもハイエンド機器の一つ、ということになるのだろう。
最後になるが、このような機会を与えてくれたダイナミックオーディオ5555 天野氏に感謝したい。ありがとうございました。
投稿者 黒川鍵司 : 10:25 | コメント (0) | トラックバック (0)
2010年2月 2日
Gianni Leoneからのメール
イル・バレット・ディ・ブロンゾのリーダー、Gianni Leoneからメールが来ました。なんだろう? と見てみるとタイトルは「Osanna/Jackson/Leone in Japan and Corea (April 2010).」え? 来日??? それもオザンナと??? まじで??
とクエッションマークだらけになりつつ、Webを手繰っていると確かに来日です。詳しくは下記のページをご覧ください。
投稿者 黒川鍵司 : 22:56 | コメント (0) | トラックバック (0)
2010年1月27日
例えば
ご飯を"作り"に来て欲しい、といわれたら、多少の食材や調味料はもっていくかもしれないし、場合によっては調理器具も持っていくかもしれない。でも、ご飯を"食べ"に来て欲しいと言われたら、デザートくらいはお土産くらいに持っていくかもしれないけれど、調味料だの器具だのはもって行かないよね。まして、「あなたの家のご飯を食べさせて欲しい」と頼んで伺うのだったら、相手の料理にけちをつけるなんてありえないでしょうし、礼儀を忘れず、敬意を持って伺うよね。
逆に「あなたのおうちのご飯を食べてみたい」と言われたとして、招いてみたら、相手が、せっかく作ったビーフシチューに、持参したケチャップをぶっ掛けて「こうするとおいしくなる」なんて言ってきたら、普通、ぶちきれるでしょ?
投稿者 黒川鍵司 : 21:38 | コメント (5) | トラックバック (0)

