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2005年2月19日

試してみる

 木曜日から風邪で寝込んでいたのですが、比較的元気になってきました。寝込んでいると変な考えがいろいろと思い浮かぶものです。そのなかで一番簡単にできることを試してみることにしました。

 なにかというと、なぜかうちに転がっている○崎○ゆみさんのベスト盤を、うちで一番まともなマランツのCD5400(CDプレーヤー)+CECのHD51(ヘッドフォンアンプ)+ゼンハイザーのHD580という組み合わせで聴いてみるということなのです。

 ま、元々、僕には日本の音楽に対する偏見があるのでなんともなのですが、やってみると予想以上に大笑いでした。思いつくままに感想を書いてみます。


  • 録音レベルが必要以上に大きいみたいです。普段聴くCDはどれもHD51のボリュームを9時以上にする必要があるのですが、このCDは8時くらいで十分です。っていうかそれ以上にすると頭が痛くなりそうです。
  • どの曲も音の遠近感がまったくありません。どの音も音量は違えど間近でなっています。HD580をしてこれほど広がらせないというのは、ある意味すごいです。
  • 余韻とか、響きとか、空間感覚がまったくありません。
  • シンセは当然ですが、どの楽器も異様に人工的です。全ての演奏をいったんサンプリングしてシンセから出してるんじゃないかって音です。アコースティックな楽器の音も全て艶がなく、死んでいます。当然ですがボーカルも同様です。
  • ちょっと聞いた分には音の数が多いように感じるのですが、中高音〜中音域に音が密集しているだけのようです。音の方向性はシャリですね。
  • オマケみたいなギターソロが結構あるんですが、これは妙に音量が小さいんです。なんなんでしょう。
  • 時系列のベスト盤のようなので後半になると、微妙にマシになっているような気がします。単に耳が慣れただけかもしれませんが。


 いや〜、本当に予想以上です。 これ本当にCDなのか? mp3の128kbpsみたいだぞ? って音です。これじゃ買わないよ。違法だとしても、P2Pで落したのと全然差がないんだから、金払うのばかばかしいって。どうせカラオケの練習用にしか聞かないんだろうし。

 もっと笑いたくなったので、やっぱりなぜか転がっているモ○ニン○娘。さん関連のユニットをまとめたCDを聴いてみることにしました。

 これまた予想外です。こちらのほうが面白味があったのです。素材として弱いし、どうせ色物と開き直ってるのか、スタッフが音の面でいろいろ遊んでるのがわかります。


  • 録音レベルはやはり大きいです。8時以下にしないと耳が痛いです。
  • 歌詞に合わせて声をぐるぐる回したりといった具合に、音の連動があります。単純ですが楽しめます。
  • 音の広がりは広いとはいえませんが、少なくとも全部が間近ということはありません。音の伸びもそれなりにあります。
  • 音域はやっぱり集中しているようです。やっぱりシャリ気味です。
  • 懐かしさを感じさせるような曲のフレーズにわざとそれ風のノイズを乗せて、懐かしさを盛り上げたりしています。
  • これは音に直接は関係しませんが、わかってて古臭いフレーズ、おもに70〜80年代の歌謡曲につかわれそうなフレーズを利用しているのが良くわかります。なぜかニヤリとさせられます。
  • 歌詞も、ふとつぼをついて笑わせてくれる部分があります。
  • ストリングス、ブラス、チェレスタ(もちろん全てサンプリングですが)、男性の声などを音を効果的に利用しています。少なくとも飽きません。
  • 反面ボーカルはほっとかれている感じです。音の素材として使われる場合は別ですが、それ以外では「とりあえず真ん中に置いとけ」みたいな扱いを感じます。


 言うまでもないことですが、どちらかを金を払って買えというのであれば、間違いなく後者を買います。音楽として評価するかどうかは難しいところですが、楽しめるのは間違いないですから。

 ちょっと思い浮かんだのですが、もしかしたら上記、二つのCDに共通した部分、録音レベルのでかさと音域の集中というのはMDやmp3プレーヤーなどへの録音を意識したものなのではないでしょうか? いわゆる圧縮音源は音域が限られたものになりがちです。また、元々の録音レベルが高ければ、ヘッドホン(インナイヤーホン)駆動にかかる電力を減らすことができますから、駆動時間を延ばすことに貢献することになります。そう考えると合理的な音作りだといえそうです。

 でも、仮にそれが真実だとしたら、そんなことのために音楽をこんな姿にしてしまっていることを悲しく思いますし、それを安いとはいえないであろう金額で買わせようとする日本のポピュラー音楽業界に怒りを覚えます。

 そして今、日本のポピュラー音楽ばかりを聴いている人たちには、「CDはそんなものばかりじゃないよ」ということを強調して伝えたく思います。

投稿者 黒川鍵司 : 2005年2月19日 18:40

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コメント

まったく同意です。w
この前、クラスで曲を作ってマスタリング段階に入る時に、最終的にコンプレッサーどうしようって話になったんです。
で、とりあえずメジャーで売られてるCDをきいてみようということになって、まずかかったのが○崎○ゆみ。
…あまりのボリュームのでかさにクラス全員大爆笑でした…w歪み方も極端ですよね。歪みにも良い悪いありますけど、あそこまでいくと売り物になってることが不思議…。
それに、イントロの部分(例えばピアノとVoだけとか)のところで、すでにオーバーレベル超えてたり、ちょっとやりすぎやんっておもいました。
こんなことしてるからCD売れないんだよね…○崎に限らず、いまどきのJPOPの話やけど。

あと、録音レベルがどれも極端に大きいのは、「音が大きいほうが今のJPOP好きには聴きやすい&カッコよく聴こえる」のが大きいそうです。はぁ〜…これでいいのか音楽業界…。

って、なんか勝手なこと書いてスイマセン^^;

投稿者 ryoku : 2005年2月19日 22:01

ご無沙汰です。お元気でしょうか?

なんて、手堅い挨拶はおいといて、
○崎○ゆみ を凄いオーディオで聴いている人のサイトをお伝えしておきます。

http://www.calvadoshof.com/newmainpage.html

オーダーだから、絶対に100万円以上する自転車をママチャリ!にしている方の、それよりもさらに本気なステレオ、で聴くと???

投稿者 ひなつ : 2005年2月20日 05:23

>ryokuさん

 本当に一曲目から爆笑でした。ヘッドフォンしたままこれだけ笑ったのは初めてです。ryokuさんたちもそうでしたか。学生の方も笑ってしまうようなアレンジってのは何なんだ? って感じですね。無難であることが必ずしも良いとは思っていないのですが、ここまで不自然で、酷いとなんともかんともです。これに金をはらえってんだから見上げた根性だよ、まったく(なぜか江戸っ子)。

 でも、それなりに売れるんだからマスコミの力は偉大です(嫌味です)。


>ひなつさん

|´∀`)ノィョゥ
 いやーすごい方ですね。僕とは根本的に方向性が異なってるみたいです。学生時代からトランス・パーソナルとは相容れませんし、この方の映画のご趣味も私とは違う部分を見ているようです。音楽についても同様です。ヴィジュアルな部分を重視されているように思えます。勝手な想像ですが、いわゆるオタク的な臭いを感じますね。

 でも、○崎で聞こえている音は同じようです。

>使用している設備の問題からか、
>○崎○ゆみの声が死んでしまっている
>アレンジもありました。

>アレンジャーによっては
>音楽の常識を大胆に無視したアレンジがあります。
>つまり自然の楽器には存在し得ない音を
>極めて高いレベルで録音しているものがあります。

 繰り返しになりますが、無難であることが良いとは思っていません。しかし、無理はおかしいと思っています。私が大好きな伊福部昭は常識破りです。しかし、平易ですし不自然は感じません。大楽必易 大礼必簡 (すぐれた音楽は平易なもので、すぐれた礼節は簡略なものある)。この言葉は確かなものだと、私は考えています。

 しかし、このリンク先の方のような方法もありなんだと思います。音楽が無理しているなら、オーディオにも無理させてしまうという方法も、一つの解決なんでしょう。きっとこの方に言わせれば、僕なんて「そんな貧乏なシステムで聞いてるからいけない」ってことになるんでしょうね(笑)。それをいかんという気もないです。ご自分が納得すれば、ご自身のお金をどう使おうが自由なわけですし、この方と論争したいとも思いませんから、何か言われてもいなすだけでしょう。

 関係ないことなんですが一つだけ気になることが。このサイト、Javaを使いまくっていかにもブラウザに悪そうで、デザインもう〜んで、操作性もう〜んなのでソースを見たら・・・(;´Д`)ナンジャコラ・・・開発言語に絡んでる人の書いたソースとは思えないすごさでした。

投稿者 黒川鍵司 : 2005年2月20日 06:27

オーディオにかぎらず、オタクやマニアと呼ばれる方の探求心の強さ(あるいはその専門的な知識)にはつねに敬意を抱いてはいるのですが、ただ、ときに手段と目的の主客が転倒していることも多いようで、そういった意味では少し引いてしまうのも事実です。

まあ、原音再生を金科玉条とはしないものの、「サントリーホールの音も物足りない」といわれてしまうと、なぜだか可哀相に思えたりしますw とはいえ、僕の場合も、ちょっとケーブル類をグレードアップしただけなのに、そのステレオでは聞けない音楽が増え、ついついジャズやクラシックに傾いたりしたので、程度の差はとてつもなくあるものの、似たり寄ったりなのかもしれませんが…。

また、仕事中は、パソコン保存の音源を安いBOSEのスピーカーを繋いで聴く方がよかったりするんですよね〜。音に集中しすぎないので。やはりオーディオって、“なにかを得ると、なにかをかならず失う娯楽”なんですよね、きっと。

ちなみに、あの方の映画評の部分、今回はじめてみました。趣味違いなので、見逃していたようですw

投稿者 ひなつ : 2005年2月21日 00:39

 再度、目を通してみましたがやっぱり相容れません。ケン・ウィルバーを「現代の指導的思想家の一人」なんて言えてしまえるのはすごいですね。じゃあ、デリダやドゥルーズは「現代の指導的思想神」ですかね?(笑) 

 本サイトの方にも既に書いたのですが、研究生として大学に戻っていたとき、「トランス・パーソナル心理学同好会」という、これまた存分に怪しい会の会合にゲスト参加させられたことがありました。そのときウィルバーの話を長々と聞かされて飽き飽きしてきたので、「それなら臨済録を読んだ方がためになるんじゃないの?」と発言したら皆さん、豆鉄砲食らった鳩みたいな顔になっちゃったので「何で日本人の禅の文献でなくウィルバーなの?」と質問を変えると、ウィルバーの方がわかりやすいという返答が帰ってきまして、過去の日本人の文章よりも、西洋人から見た東洋の方が、それも翻訳文の方がわかりやすいというのは、えらい皮肉だとおもいました。単に日本人の文献というものに権威を感じず、白人の書いたものをありがたがってるだけなのではないかと思えてきます。

 「パッケージメディアには、音楽(や映像)を純粋に楽しむという、ライブでは体験しにくい、深さがあります」といった言葉にも反発を感じてなりません。純粋に楽しむなんて無理でしょう。どうしても、そうしたいのならマトリックスみたいに神経にプラグでもとりつけて、直接電気信号を伝えるくらいしかできないんじゃないでしょうか。様々なノイズ、それは音だけではなく、光や、目に見えているもの、もしくはそのとき心に去来しているものと言ったものがあって、音楽体験というのはあるのだと思っています。

 たとえ録音で何度も同じものを聞けるにしろ、そういった意味で聞く側の環境は微妙に異なっているわけで、そこに音楽の必然的なライブ性があるのでしょう。同じであって、同じでありえないんです。だから、その体験を大事にしようと考えるわけですが。
 
 当然ながら再生機器の特性もありますよね。クリアな音で聞くよりも、いわゆるBOSEサウンドで聴いたほうが心に残ることもあるし、モノラルのラジカセで聴いた音楽と何かの思い出が結びつくこともあります。そういうものを大切にすべきではないかと。金かけるのも重要だけどさ。

 きっとこの人、すでに頭の中に「こうでなくてはならない」というものがあるんじゃないですかね。なので、それにならないと無理にでもそうなるように金をかけるという・・・・・・。トランスパーソナル的な「受容」ができないのかしら?(笑)

 長々、書いてきましたが、何よりも嫌なのは、それなりの年齢であろう人物が、たずねてきた友人に嬉々として○崎○ゆみのDVDを見せつけているって風景です。生理的に受け付けません。気持ち悪いです。なので、どうしても反発的になってしまいます......。いかんなぁ、差別だなぁ。ま、とにかくこういう人にはならないよう気をつけたいと思います。

投稿者 黒川鍵司 : 2005年2月21日 07:54

病気でしたか。僕にはとても真似出来ない荒療治をされていますな。余計悪化しそうです。
以前、職場で延々8時間うざいJポップ流されて発狂しそうになりました。シナプスが汚されて。
Coccoとかenvy↓は嫌いでは無いのですが。
http://www.sonzairecords.com/envy/envy.html

日本文化に限らず、古いものがあまり大事にされていないような気がしますね。売れているのも殆ど流行作家だし、古典に関しては海外作品もあまり扱われていないような。パスカルもゲーテもショーペンハウアー知らなかったら、それは「西洋思想被れ」にすら値しないかと。
ただ、「権威」となるとメディアの量的条件がそれを不可能させている気がします。文学賞とかもそうですけど、全部読める訳ないですし。明確な判断基準が無いんですよね。

トランス・パーソナルは人間のデモーニッシュな面を無視している気がします。アメリカの文化人もビート世代なんかもっと孤独な感じですけどね。禅の教本より『裸のランチ』でも読ませた方が白人文化への偏見がなくなるのでは(笑
寛容は裏返せば最大の偏見になることはキリスト教の歴史が物語っていると思います。見様によっては、サドの相対主義の方が寛容ですね。何せ殺人を是認するくらいですから。

投稿者 クォンタムID : 2005年2月21日 18:05

 毒をもって毒を制すということで(笑)。
 きっと多くのJ-popにおいて、アーティスト本人はそれほど悪くはないのではないかと思っています。ですので、今回の件も○崎○ゆみさんには、それほど罪はないのであって、むしろ、こんなものを作って、それを買うように仕向け、そのうえ売れなければ、自分たちの責任を棚上げしてP2Pソフトや輸入盤を槍玉に挙げる業界体質が罪なんだと思います。そして、その被害を最も受けるのが、音楽に興味を持ち始めるくらいの子供たちなんでしょう。ここから広がる世界も、なくはないんでしょうが、せめてもっとましなものからはじめさせてあげたいものです。

 おっしゃるとおりだと思います。<トランスパーソナル

 口が悪い言い方ですが「科学やら哲学やらを良く知りもしないうちから嫌悪する青臭いインテリが夢中になってるもの」って気がします。自分の中から出てくるものを大切にするといいつつ、性欲とか食欲とかいったものを都合よく無視してる傾向があるんですよね。都合の悪いものは見ないで済まして、自分にとってあると信じているものだけ、他者から批判を受けようとも、客観的証明ができなくとも「ある」といい続けるのは、なんというか魔術的段階にとどまった自己中心性の高さ、つまり幼稚さの証明なのではないかと。

 禅の十牛図は結末として、とっくり抱えてリラックスした姿を描きます。高潔な僧でも、美しい美男子でもなく、ゆったりとしたつかみ所のなさそうな人物が描かれます。このほうが僕には大人に思えるし、しっくりきますね。

投稿者 黒川鍵司 : 2005年2月21日 19:42

極論になると思うけど、オーディオマニアの人達って音楽を楽しむのが目的ではなくて音を聞くのが目的になっていると思う。本来オーディオって音楽を気持ちよく聞くための道具なのに。
実際、総額百万以上超えるシステムは確かに音は迫力があってリアルだけど音楽全体のバランスは悪かった。一言で言うとわざとらしいリアリティを感じる。
自分もオーディオに凝るほうだけど高額なシステムほど音楽のノリ(グルーブ)が削がれるような気がする。
(自分の聞くジャンルがhiphop,reggae,r&b,soul,jazzだから特に)
やっぱり、音楽によってはラジカセやBOSEの方が気持ちよく聞ける曲があるのは事実だと思う。
オーディオマニアは、そこを絶対認めないから困った人達だ。自分も経験した事だけどオーディオに金をかければ掛けるほど音質と音の自然さのバランスに苦しむ。
音ばっか気になって音楽が楽しめなくなる。
だから、最近は音のこだわりをすてていろんなジャンルのCDを買って楽しんでいる。

投稿者 aka : 2005年4月 3日 19:15

 すごくナイーブな問題だと思います。音楽は嗜好品だと強く感じています。そういう意味ではお酒と似てるかなぁと。

 夜ゆったりと一人傾けるブランデーやワインもあれば、皆でわいわい居酒屋で飲むビールもあり、恋人と楽しむカクテルもあり、寂しさを慰めてもらう日本酒あり。どれも。それぞれに意味があって否定されるものではないでしょう。同じワインだって色や香りを楽しむ人もいれば、味だけの人、バランス重視の人もいるわけですよね。

 高いお酒にはそれなりの味があるし、安いお酒だって楽しめる部分はあるし。もちろん、好き嫌いもありますよね。でも、私みたいのが数百万のワインを飲むのはやっぱり変です。無理があります。それにケースや瓶だけが豪華で中身がたいしたことないのに高いってはやっぱり変な気がします。

 皆がそれぞれに楽しめることがいいことなんだと思います。でも、こだわる人もいるわけですね。日本酒はこれじゃなきゃダメだとか、ワインはどこどこのじゃなきゃダメだとか、その飲み方は邪道だとか。どれも真っ向から否定する気は僕にはないんですが、酔っ払いの説教は適当に聞き流してしまうことにしています。極端な意見の持ち主と話し合っても平行線になってしまうものですから。

 う〜ん、こういうことしかいえませんね。ごめんなさい。

投稿者 黒川鍵司 : 2005年4月 3日 23:46

こんにちは、話題にしていただいているようなので、ちょっと出てきました。

トランスパーソナルの話題ですが、いずれ暇に時に書き換えようと思っていますけど、ウィルバー自身はこのコンテンツを書いたころ、EYE TO EYEなどで「トランスパーソナル心理学」を部分化して説明するようになっています。コンテンツで紹介しているように、ウィルバーはすべての心理学などを統合しているだけで、彼はインテグラル心理学/思想と自分で呼んでいます。ただ、邦訳が出ていなかったので、多くの人が混乱しないように、そのままトランスパーソナルとして紹介しました。後日に邦訳が出たのですが、あまり訳がよくないので、私が解説をしないといけなそうなので、量が多すぎてやり難いため、そのままにしています。

一般的なトランスパーソナルの話題は、特に日本では、仰るとおりだと思います。私も、ああした人たちと接点は欲しく無いですね・・・(^^;

ただ、日本ではあまりしられていませんが、ウィルバーは欧米では思想潮流としてかなり明確な位置を占めています。この辺の話題は、一回、ウィルバーの最近の著作をを読まれることをお勧めします・・・(^^)
専門家でも、邦訳すら読んでいないで、風聞で論評する人が多いみたいです。もっとも、邦訳もなかなか評価できないものが多いので、原著のほうをお勧めしますけど・・・

オーディオの話題ですが、これは体験が無いと伝わるものではないので、別にこれと言ったコメントをする気はありませんが、コンテンツは、日本ではもう滅ぼうとしているハイエンドオーディオという趣味を紹介するもので、別に皆さんが思っているオーディオの話題ではありません。コンテンツでも、ベッドサイドオーディオや、モバイルオーディオのように、別なタイプのオーディオの話をしていますし・・・

オーディオにはいろいろな形が同時に存在しており、なにかが至高なのだ・・・なんてことはないですよね・・・

お酒も、食べるものも同じです・・・(^^)

コンテンツは、こんな世界も在るんだよという話題を書くようしており、それ以上もそれ以下の意味もありません。

PS
ホームページのコードは、手書きではありません。
コンテンツでも時々出ているAbobiの馬鹿ソフトで書いています・・・(^^)
Javaほ使用しているのは、ノンモーダルに見ることが出来る数少ない技術だからで、別に他意はないです・・・(^^)
この程度に使うのにいい技術がJavaという意味がありますけど

PS2
ちょっとサーフィンしていて、偶然に見つけて、うーん、違うんだけどなーと思って書かせていただいただけです。お気軽に・・・(^^)

投稿者 かるばどす : 2005年4月17日 12:31

 2ヶ月近く前の記事に投稿がと思ったら、ひなつさんが話題にされたサイトのオーナーさんでしたか。Kohntarkoszさんに引き続き、驚くような方からのコメントです。この辺境にお越しいただき、ありがとうございます。

 昔話というか半ば暴露ですが、私自身、トランスパーソナル的な世界にいたことがあります。14〜17くらいまでの間で、ウィルバーではなく、クリシュナムルティとグルジェフでしたね。ずいぶん凝ったものでしたが、あるとき急に虚しくなって、プロスペロみたいに捨て去ってしまいました。今思えばあれはなんだったんでしょうね。そのころに童貞失ったこととも関係していたのかもしれないですが、うぶな堅物だった人間が多少なりとも現実と結びつたということが、その虚しさを感じさせた理由だったのかもしれませんね。

 その後は大学で臨床心理と実験心理に足をつっこんでました。現代思想etc.もそのころ心理学経由でかじったレベルです。フロイトから続いてラカン、そのカウンターとしてドゥルーズ、ガタリ。構造って何ぞやってことでレヴィ・ストロース、そのカウンターとしてまたも心理学にもどってピアジェって具合でした。なるほどアメリカであればウィルバーは大きな存在かもしれませんね。特にカルフォルニアあたりなら。でも欧州には歴史のせいなのか、馬鹿でかい化け物みたいのがずいぶんいるようで、そちらが僕にとっては主眼となっていた次第です。

 オーディオの件は、どこまで行っても平行線だと思います。私はかるばどすさんのサイトよりも、さいたまAudioさんを参照するタイプですから。そしてハイエンドオーディオをそろえることよりも、ライブやコンサートでで一回限りの体験をするほうに価値を見出しております。

 ここ数年は観客というよりもご招待をいただいたり、お手伝いをすることが増えました。そんななかでZAOというフランスのジャズロックバンドのライブのことが非常に印象に残っています。ライブそのものはもちろんよかったのですが、たまたま楽屋でリーダーのひとりヨシコ・セファーのクラリネット演奏を聴いてしまったのですね。彼の演奏テクニック、電気的手段を通さない音色の美しさに魅了されてしまい準備の手を休めて聞き入ってしまいました。ああいう経験の方が、オーディオそのものよりも僕にとっては価値があるのですよ。

 もちろん、ハイエンドオーディオのご紹介というコンテンツには客観的に大きな価値はあると思います。どうぞ、これからもお続けいただきたく存じます。

 以上、Marantzの最安CDプレーヤーにHA-1A、そしてPC用スピーカーという総額10万にも満たないシステムでアシュラのライブ盤にノリノリの黒川がお送りいたしました。

PS1
 アクセシビリティ論になってしまいますけど、ご自身の世界を、主に文章で、様々な人たちにご紹介するのであれば、サイトはもう少し軽くされる努力をされたほうがよいのではないでしょうか。誰もが光100メガでPen4 2G以上とは限りませんから。

PS2
 対立する意見が多い中、コメントを記入していただきありがとうございました。本当に感謝いたします。
 しかし、私としては自分のスタンスを明確しておきたいと思っております。ですから、ご本人がいらしたからといって、態度をあいまいにして、なあなあでことを済ませるようなことはしたくありません。ですので、今回も、今後もご不快な点があるかもしれません。
 それでも、今後もおつきあいいただければ、と思っております。どうぞ、よろしくお願いいたします。

投稿者 黒川鍵司 : 2005年4月17日 13:54

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