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2005年7月10日

今日のことば

 茶道数寄の者の作説ならんが、或日茶事の宗匠路地を清め、独り茶をたてて樂しみける折から、表に非人体の者、暫く立ちてその様子を伺ひ、庭の様などを称しけるにぞ、かの宗匠立出で、汝も茶を好めるやと問いければ、我等幼より茶事を好み翫びしが、今の身の上となりても、御身の茶事に染み楽しみ給うをうらやましく、思はず立ち止まりぬと答えければ、不憫にもまた風雅にも覚えて、古き茶碗に茶一服を与えければ、恭き由を答、恐れある申し事なれども、来る幾日の朝、どこそこの並木松何本目の元へ来り給へ、我等も茶を差し上げんと言いて去りぬ。

 如何なる事や不審とは思ひしが、その朝かの松の木の下に至りしに、そのあたり塵を奇麗に掃きて古き茶釜をかけ、松の枯枝ちちり(松毬)やうのものをその下に焚きて、新しき清水焼の茶碗、茶入れ、茶杓、何れも下料にて出来る新しきものを並べ置きて、かの非人はその辺にも見え侍らず。

 実に風雅なる心と、茶を独りたて楽しみ帰りけるが、如何なる者の身の果てなるや、やさしき事と、右宗匠語りぬ由。
高柳金芳著「江戸時代 非人の生活」(雄山閣出版)29〜30ページ

投稿者 黒川鍵司 : 2005年7月10日 22:40

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