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2005年12月21日

戯言

  • いつも利用している駅で「電車男」の映画やらドラマやらの広告をさんざん見せられる。伝聞的にしか内容を知らないのだけど、あの物語は、オタクにとっての理想的「オタク卒業劇」なのだろうか、それとも一般の人々が、オタク的外見を備えた人に対して抱く、「見た目だけでもオタクから足を洗ってほしい」という思いの具現化なのだろうか。

  • このところ料理らしい料理をつくっていない。今度の連休は何かまともなものを作りたいものだ。チキンシチューでもどうだろうか。

  • テレビアンテナを撤去してから、もう3ヶ月くらいになるが、なにも困っていないこと気がつく。多少、職場のドラマの話題についていけないくらいか。まぁ、以前から、この手の話題にはついていけてなかったのだけど。

  • なんとなく年末の気分。といっても帰省する場所があるわけでなく、どこかに行く予定もない。ま、いつも通りだ。

投稿者 黒川鍵司 : 2005年12月21日 16:03

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コメント

黒川さんが作る料理は、それこそ「キチン」として
そうです。あ、チキンに掛けたわけじゃなくてね。
でもお台所でエプロンとかして包丁を持っている姿
はとても想像できません。
できたらご相伴にあずかってみたいわ。

帰省するところもないのであれば、東北の雪のない
地区あたりにちょっとご旅行はいかがですか。私の
かわいい彼女たちから選りすぐりをガイドにおつけ
しますが。ふふふ。
(自らが立候補しないあたりが、奥ゆかしさだと
 思っていただけると助かります。)

投稿者 まやちー : 2005年12月21日 19:59

 小学5年から自炊なので、適当なものでも、それなりに作れる様になっています。キチンとはしてないですよ、味見もしなかったりするし(笑)。エプロンはしませんが、白いワイシャツとスラックス、サスペンダーで作業するのが好きです。包丁は合羽橋で買ったヘンケルスの牛刀だったりします。

 旅行そのものは嫌いじゃないんですが、ホテルや旅館というのが、どうも苦手で。予約という行為からして嫌なんですよね。なので、旅行するときは友人の家に泊めてもらうのが前提だったりします。まやちーさんのお家に泊めていただけて、おいしい料理を作っていただけて、近くをご案内いただけるのなら、猫まっしぐらならぬ、黒川まっしぐらで向かいますけども、せっかくの年末をお邪魔するのは申し訳ないですから、いつか晴れた日にと思いますですよ。

投稿者 黒川鍵司 : 2005年12月21日 21:21

はじめまして。いつも読ませてもらっております。
「電車男」ですが、原作と違い
映画版、ドラマ版は「オタク卒業劇」ではなく
「最終的にはオタクを含めたありのままの自分を受け入れてもらう」
という、よりファンタジックな結末に改変されていました。
それが多くの人に受け入れられたということは、
やはり物語では現実的な解決よりも道徳的な救済の方が好ましい
と思っている人が多いんでしょうね。
それはそれで良いのですが、たまには心に響く挫折のドラマが観たいかな、
なんて思ってしまいますね…

投稿者 ビーフハート : 2005年12月22日 11:19

 はじめまして。コメントをいただき、ありがとうございます。

 私に内容を話してくれた人は、原作しか読んでなかったのでしょう。「そのまま受け入れてもらえる」というのは、ビーフハートさんのおっしゃる通り「ファンタジック」ですね。語学に堪能で、見目麗しい女性が心もやさしく、どんな人でも受け入れてくれるなんてねぇ。そうなると、ありのままを受け入れてほしいという自分にとって都合の良い願望をかなえてくれるドラマだったということでしょうか。受け入れてもらう方は、相手に対して高条件をはっきりと明示しているわけじゃないですが、「たまたま相手が」という形で高条件の女性なのですものね。

 確か美輪明宏さんだったと思うのですが「ありのままを受け入れてくれって言うのは、畑から引っこ抜いてきた大根を洗いもせずに食わせようとするのと同じ」というようなことを、どこかでおっしゃられていました。私も同感です。

投稿者 黒川鍵司 : 2005年12月22日 14:35

返信ありがとうございます。
美輪さんの言葉、全く持ってその通りですね。

この電車男の(映画、ドラマ共に同じような)内容改変は興味があります。
オタク側のより都合の良い願望に添う、という意図と同時に
一般人側のオタク嫌悪への僅かながらの罪悪感も改変理由の一つなのかな、と。
オタクにはそのまま受け入れてもらえるという夢物語、
一般人には偏見無く中身で恋人を選ぶという理想像、
それが合致した形としてのこの改変なのではないかと思うわけです。

どちらにしろ現実を直視していないことに変わりは無く、
ハッピーエンドは大好きなのですがここまで御伽噺にされるとちょっと…
電車男が大ヒットしたことにより、これから先は全体の傾向として、
もっとファンタジー色が強まるのではないかと暗澹としてます…

では、失礼しました。

投稿者 ビーフハート : 2005年12月22日 19:47

 新時代の物語の様に喧伝された訳ですが、ビーフハートさんのおっしゃる通りの夢を双方に与える旧態の護持の担い手といった所なのでしょう。
・男は恋愛何ぞで自分を変えるべきでない。
・女は何でも優しく受け入れるべし。
 みたいなジェンダーのバイアスからはなかなか抜けられないんでしょうね。

 そうそう、話は変わるのですがファンタジー映画では「ロード・オブ・ザ・リング」が好きなんです。そういう話をすると「じゃあ、ハリー・ポッターも好きでしょ?」と言われることが多いんですが、後者は大嫌いなのです。前者はファンタジーであり、魔法という要素も出てくるのですけども、単なる夢物語ではなくて、懸命な努力や必至さを感じるのですけど、後者は冴えないのび太みたいのが魔法で大活躍みたいな。そして何よりも許せないのは魔法というものを学校という卑小で矮小なものに閉じ込めたことです。確かにその方が身近で一般受けするでしょうが、本当の意味でのファンタジーの自由さを失っている気がするのです。単に私が義務教育的な機関が嫌いだってこともなくはないですけども(笑)。

 とにかくも卑近で偽善なファンタジーはどうも好きになれないなというのが私の意見であります。お粗末様で申し訳ありません。

投稿者 黒川鍵司 : 2005年12月22日 21:33

ありのままの自分を受け入れて欲しいとか、自分らしく生きて行きたいとか、二十歳そこそこのヤツが言っていると蹴飛ばしたくなります。自分という存在の骨格すらまだできていないのに、自分らしくもないだろうに・・・特に、最近は幼児化してる若いのが多くて・・・オッサンの愚痴になりそうなので、これ以上は止めておきます。(^^;

料理はね、性別、年齢、家族構成に関わらず、覚えておいて損は無い技能のNo1ですね。週末は50%近く私が料理してたりして・・・

投稿者 ゴーヤ : 2005年12月23日 22:32

 自分でも思い当たる節があるのですが、若い頃は自分を「特殊」だと思い込んでいて、それゆえに「特殊」な自分を受け入れてくる人を期待したりすることがありますね。実のところは、自分に都合の良い相手を手に入れたいと言うわがままでしかない訳ですが。もちろん本当に特殊という人もいる訳ですが、そういう人は自分で特殊なんていったりしない訳で(笑)。
 20代初めでそういうノリは、まあいいのかなぁと思うんですが、25すぎ、もしくは30代になってもそんなこと言ってる輩がいて、自分探しだのとご託を並べて、人に迷惑をかけているのを見かけたりすると辟易しますね。

 レクレーションとしての料理は楽しいものがありますね。ただし毎日となるとこれが......。それゆえに、作ってくれる人がいると感動してしまったりします。わたくし「肉じゃが」にころっとだまされる典型的独身であります(笑)。

投稿者 黒川鍵司 : 2005年12月24日 09:46

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