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2007年2月18日
戯言
- 審判第一回目終了。緊張しました。第二回は3月かなぁ。
- 2週間くらい前から花粉症が始まっています。去年は楽だった分、今年はつらく感じるかな。
- どうして、人間って何かと二項対立の図式で理解しようとするんでしょうね。
- きっと今更となるのでしょうが、若槻千夏さんのブログが面白いです。
投稿者 黒川鍵司 : 2007年2月18日 13:10
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コメント
昨日はいろいろと有難うございました。
おかげさまで、楽しい時間を過ごすことができました。緊張したでしょう?(笑)はじめにお会いした時と、試聴が終わった後の表情が全然違った様な・・・
(^^;
また、お会いしましょう。
投稿者 ゴーヤ : 2007年2月18日 13:51
昨日は拙宅お越しいただきありがとうございました。
表情も違いましたとも。「Nervous」ってこういう状況を言うんだなと思い知りましたよ。
次はWaldstimmeさんの審判、その次は......。考えるといに悪いような(笑)。
次回は、最初から晴れやかな顔をしてお会いできるのではないかと思ったりします。どうぞ、よろしくお願い致します。
投稿者 黒川鍵司 : 2007年2月18日 19:40
お疲れさまでした。(^^
いつか聴きに行くぞー!全然緊張は無いと思いますが。w
どちらかというと、同居人さんの天然を拝見したいと。(^^;
投稿者 rabbitmoon : 2007年2月18日 20:25
いえいえ、なにをおっしゃいますやら。日程などが大枠で決められる様になりましたら、メール差し上げますね。
あいつは天然というか、外れてるというか、なんというか......。
投稿者 黒川鍵司 : 2007年2月18日 21:01
●二項対立の図式
認識がそもそも相対条件でしか働かないからじゃないですか?
上が無ければ下がないように、
気候が一定だったら季節の観念も在り得ない様に、
異常と正常の概念が片方しか存在しないのも無理で。
確か、コンピュータの基礎概念も0と1の組合せですよね?
名称や表象が二項である必要は無いですけど、
言語的にも「分かる」とか言いますし。宗教性に関係なく、割と根源的な機能ものかもしれませんよ。左脳と右脳の違いとか、生物的由来もあるんですかね。議論の余地は大いに在りそうですけど。
そういえば、思考の基盤に元々二項対立的機能があるというアイデアで書かれた、『神狩り』ってSFがありました。山田正紀の。
駄弁、失礼。
投稿者 イド : 2007年2月25日 14:23
何か他方とされる目印がないと、そのものをどう位置づけするかわからないというのは、当然と言えば当然なのですが、問題は、かなり複雑な問題であっても、対立する二項に単純化してしまう点ではないかと思っているのです。対象理解の補助となる対立項には、価値の差別はないのですが、このような単純化の二項対立には常に優劣がつきまといます。
本来「区別」のためのものが「差別」に結びついたということなんですかね。
投稿者 黒川鍵司 : 2007年2月25日 21:55

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