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2007年3月 7日
今日のことば
戦争の最中、僕は宗教的帰依心について考えつづけてきた。唯一者への全き帰依ーこの情熱が遺憾ながら僕の中にあっては不安定なのである。太子鑽仰の念に偽りがあるとは思っていないが、しかしそれをただ一筋の道として進むことさまたげるものがあるのだ。僕はときどき陶器蒐集家として著名なある友人を訪れ、さまざまな陶器をみせてもらうのだが、僕はそれらを比較し鑑賞する。必ず比較するのだ。この比較癖が頑固な習慣となって、僕らの信仰や愛情を知らず知らずのうちにゆがめているのではなかろうか。一つの茶碗を熱愛し、このただ一つにいのちを傾けるだけの時間をもたぬ。亀井勝一郎「大和古寺風物詩 他一編」(旺文社)46ページ
投稿者 黒川鍵司 : 2007年3月 7日 21:05
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コメント
一つのことに心を傾けることが情熱や自信や愛情の全てではないのです。
それが分かっていても、そうしたい時や対象が生まれることを
どうして止めることができずにいます。
ご紹介いただいた言葉は、自分でも意外なほど重くて深いです。
投稿者 まやちー : 2007年3月 8日 10:05
何につけても比較、もしくは差を述べることでしか、物事が言い表せていない気がするのです。もちろん、相対的な位置を示すことは、他者への伝達のためには有用な手段な訳ですが、私個人の趣味においてまで、比較を持ち込まざるをえないという状況に、ジレンマをかんじたりするわけで。
投稿者 黒川鍵司 : 2007年3月10日 00:16

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