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2007年6月25日

試聴2題

 先週の土曜日、Living musicさんに新作スピーカーのS-2C-GSを、そしてWaldstimmeさんのパワーアンプ、オーディオ用のタップ変更後の音をそれぞれ試聴に伺った。前者にはWaldstimmeさんにもご同行いただき、昼食もご一緒いただいた。Waldstimmeさんありがとうございました。

 さて、試聴レビューである。

 まず、S-2C-GS。スペック、製品特徴などはこちらを確認いただきたい。使用されたプレイヤーはCECのCD3300R、同AMP3300Rである。
 以前も同じことを述べた気がするが、価格からすると十分以上である。中域〜高域はもちろん、低域も下手なトールボーイ型スピーカーよりも締まった実在感のある鳴りで、目をつぶって聴くとブックシェルフであることを忘れてしまうレベルである。「ハイエンドショウ2007春」では、多少、ブミーさも感じたのだが、10畳程度の空間での今回の試聴においてはそれが全くなく、エンクロージャーが鳴ってしまうこともなく、音離れも良い。試しに(というより意地悪で)、Ashraの「@shra」などもかけてみたのだが、バスドラの踏み具合まで、うまく表現してしまったのには、いささか驚かされた。オーケストラでのステージの実体感も良好で、実売価格10万円以下というのがにわかには信じられなくなったりもする。内部配線へのこだわりや、バスレフポートへの気配りなどが実を結んでの音なのだと思うが、調整者の耳の良さを改めて実感させられる試聴であった。もちろん50万円以上のブックシェルフスピーカーにかなうものではないが、その定価の倍程度のスピーカーとはやり合えるレベルだと思う。
 なお、全体として、多少明るめの傾向が感じられたが、これはプレイヤー、アンプの組み合わせとラックの調整具合によるかもしれないとの説明を受けた。また、このスピーカーが私にとって、最もよいと思える音で鳴ってくれたのは、同社のオリジナル・アナログプレーヤーとCECのフォノアンプにAMP3300Rという組み合わせでであった。これらを考えるに、プレイヤー類などをおごれば、さらに高いパフォーマンスを発揮してくれるのではないだろうか。一度、自室で聴いてみたくも思う。
 最後に、例によってだが見た目の問題が残る。スピーカーとしては普通のルックスだと思うのだが、それゆえに凡庸に思えてしまう。これだけ優れた音なのだから、もう少し見た目が洗練されれば、ぐっと引きつけられる人が増えると思うのだが.......。音と見た目、そしてコストパフォーマンスのすべてを満たすというのは、私などが考えるよりも遥かに難しいことなのだろうが、今一歩の洗練を望みたいところである。

 次にWaldstimmeさんの所の音にうつる。システムについては、ご本人のブログをご確認いただきたい。前回の時点でもかなりのレベルの音と思えたので、今回の変化については興味が湧くとともに、ちょっとした憂慮もあった。一点の変化が全体をくずしてしまうのではないかという心配である。さて、杞憂におわるか、それとも......。

 まず、感じたのは低音制動力がアップしたこと。以前はバックグラウンドとして、ある意味曖昧に後方に広がっていた低音が、かなり明確になり、前に出てくる。交響的な演奏での大太鼓の一撃も、身体に響くようになった。また、全体のスピードもあがり、ジャズやロックもソースへの忠実さをともなって、聴ける音となっている。
 その低音の制動力の強化に伴うのだろうが、定位感も明確に向上している。SPKの「Alocasia Metallica」でボーカル(コーラス?)がスピーカー位置よりもずっと上方に定位したのには驚きを禁じ得なかった。これには電源系の変更も寄与してしているそうだ。
 と良いこと尽くめのように書いてしまうのだが、そこにはオーディオ普遍の法則「何かを得ると何かを失う」が潜んでいる。定位感、音の制動力があがった分、全体の情報量が不足して感じられるのである。前回においては、ある種の曖昧さ、甘さによって埋められていた隙間が、浮き上がってしまうのだ。
 これを改善するには、音の情報量を上げることとなるのだろうが、徒に高情報量を誇るプレイヤ−を導入したとしたら、プリアンプ、DACなどがボトルネックになることもありえる。それらに問題がなくても、スピーカーが力不足ということも起こりえてしまう。と、このように書いていても、私には何か解決方法を提案することができない。以上の点については、ご本人も感じてらっしゃる点だそうなので、何かしらの解決策を見いだされると思う。どのような手段をとられるのか、それを密かに楽しみにしている。
 なお、上記を読んでしまうと以前の艶がなくなり、硬質な音となったように感じられてしまうかもしれない。もちろん、そのようなことはなく、艶と広がりは残っている。あくまで、前回と比較して、霧が晴れ、見通しが良くなったということであって、何もかもがかわってしまった訳ではない。

 以上、タイプの異なる音を聴かせていただくと、やはり、オーディオの振幅の大きさを感じる。そして、自分の目指すところはどこなのか? という疑問が自然とわいてくる。それに加えて、音楽を聴く楽しさはどこに求められるべきなのか、音楽への感動をどのようにオーディオに還元し、そしてその逆の流れを得るにはどうあるべきなのか、と取り留めなく疑問が湧いてくる。果たして.......。

投稿者 黒川鍵司 : 2007年6月25日 22:01

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コメント

 コメント遅くなりました。
 試聴記ありがとうございます。kurokawaさんの感じられた印象はまったく正鵠を得たもので、「情報量」について記された部分の改善はたぶんうちのシステムにおいていちばんやっかいかもしれません。おそらく絶対的な情報量が不足しているというよりも、曖昧さが払拭され、さらに空間再現性については位置関係から質量間の関係性といったものに質的に変化しているので、その肌理の微細な部分が聞こえづらくなっているのではないかとおもっています。
 blogのほうではCDPがボトルネックみたいなことを書きましたが、ひょっとしたらスピーカを代えたほうが解決に近づくような気もします。
 でも、「音楽への感動をどのようにオーディオに還元し、そしてその逆の流れを得るにはどうあるべきなのか」という問いを考えるにつけ、けっきょく「ひとは聴きた音しか聴くことができない」という感覚の論理の妥当性に屈するのかしら、なんて気もします。

 ところで、blogのprofileを更新していなかったので、blogでシステムチャートを掲載しました。

投稿者 Waldstimme : 2007年6月29日 15:39

 既にかなりのレベルにある音なので、粗を探してしまったような気もします。申し訳ありません。今の状態でも十分にレベルは維持されていると思うのですが、以前の音をしっている私の愚耳には、なにか、こう、ひどく表現することが難しいのですが、音の輪郭、芯もわかるのだけど、ダイエットが過ぎたとでもいうのか、towerらしい馥郁たる豊かさが犠牲になってしまっているように感じました。
 どこかに甘みが入ってくれると思うのですが、具体的に何かご提案できるかというと何もできず、なんともふがいないのですが......。

投稿者 黒川鍵司 : 2007年6月29日 21:48

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