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2007年10月28日

オーディオと音楽鑑賞についての立場 − その4

 映画を観ていると、たとえ音声がモノラルであっても、画面の人物の動きなどにつれて、それなりに音像定位の移動を感じてしまう。また、ロックのライブでも、クラシックのコンサートでも、観客の耳に入ってくる音は、楽器の直接音よりも、間接的な反射音の方が多いはずだ。さらに前者ではアンプリファイされた音をスピーカーを通して聴かされる場合が多い。にもかかわらず、これに関しても、定位はそれなりに感じられる。

 これらは音そのものではなく、視覚情報が音の存在を左右しているといえる。音を聴くはずのコンサート、ライブであっても、実際には音は視覚の補助となっている傾向が強いのだ。

 一般的にピュアオーディオと呼ばれる分野では、視覚情報なし、というよりも、音の定位や音像と直接的に関係する視覚情報が存在しない。それゆえ、音のみで、定位、音像、プレゼンスをリアルに作り出そうとする努力が生まれ、結果として、その努力は、音のある一側面を虫眼鏡で拡大するようなものとなっている。

 この時点で、すでにオーディオの音は、自然な音とはかけ離れている。オーディオはオーディオ固有の音を有しているのであって、実際の演奏とはことなっているし、互いの優劣を比べるべきものでもない。オーディオの音は、その作成者(メーカー)、聴き手(使い手)双方のエゴの調和であり、それはそれぞれの嗜好にそうものであり、全くの原音忠実再生、完全なる客観性などは成立しない。

 では、実際の演奏は、オーディオに何ら寄与しないのか? という疑問がわくが、そのようなことはない。楽器なり、声なりへの一定の基準が聴覚的に確立されていなければ、オーディオの音は、私が考える最低限の原音忠実性すら失い、いったい何の楽器で演奏されているのか、この音楽に込められた情感はなんなのかというものを伝えることすら出来なくなるはずだ

投稿者 黒川鍵司 : 2007年10月28日 20:40

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コメント

お久しぶりです。
何かタイミング的に自分の書いたブログの模範解答をのような記事をみて驚きました。
正直、自分はオーディオに関して、会話で語り合える人が身の回りにいないから、ややヘッドフォンの稼働率が最近低いのかなと思います。

投稿者 s.pixy : 2007年10月29日 00:18

 記事読ませていただきました。長岡さんのお言葉ですが、人間の知覚において、意識に上る情報量のうち8割が視覚によっているということを意識して逆転させて仰っているのではないかと思ったりしました。それよりもあの方のフェイバリットムービーがホドロフスキーの「エル・トポ」だったというのが僕にとっては驚きであります。

 それは、さておき、オーディオに関して語り合うか......聴きたいときに音楽を聴いて楽しめれば、それが一番だなぁと。いや、もちろんメカとしての楽しみもありますけどね。

投稿者 黒川鍵司 : 2007年10月29日 22:24

こんばんは♪

>音のある一側面を虫眼鏡で拡大するようなもの
>それはそれぞれの嗜好にそうものであり、全くの原音忠実再生、完全なる客観性などは成立しない。

オーディオをはじめて薄々感じていたことですが、確かにそうですね。
でも、その嗜好を上手く自分で認識して突き詰めていけば、これほど魅力のものはないですよね。

『オーディオは楽器だ』ということを聴いてからは、特にそう思うようになりました。

投稿者 Lyn2 : 2007年10月30日 22:36

例えば、オーケストラを生で聴く時、ホールの前で聴くのか後ろで聴くのかで、ディテールの聴こえ方、バランスはかなり異なってきます。最近の優秀録音ソフトを我がオーディオで聴くと指揮者の位置で聴く感じかしら?などと思ったりします。ホールの後ろで聴く人にとっては、何、これ?かもしれませんね。

そもそも原音自体、結構、個人的、相対的なものだろうなどと思ったりします・・・その人の音楽体験に左右されるという。

特に、最後の4行に深く同意いたします。(^^)

投稿者 ゴーヤ : 2007年10月31日 12:32

>Lyn2さん
 趣味というのはどのようなものであれ、個人の個性の表現だと思うのですね。なので結果として、突き詰めれば、その人の音なり、その人の絵なり、その人の作風なりが出てくるのだと思います。仮にオーディオが楽器なのだとしたら、同じ機器であっても、当然、弾き手によって出る音は変わってきますよね。

>ゴーヤさん
 自分が会場にいたコンサートがCDで発売されて、それを聴いたら、その場で感じたものと、まったく印象が違うなんてことはざらにありますね。もちろん、視覚など、他の感覚の要素も強いのでしょうけれども、仰られる通り、席によっても、それどころは自分の体型やその日の体調でも聞こえは変わってしまいますから、なにが原音なのかはさっぱりわからなくなります。そういえば、ウィルソン・オーディオの社長さんも、録音するマイクなどにも個性があるということを仰ってましたね。

投稿者 黒川鍵司 : 2007年10月31日 23:07

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