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2008年7月21日

CD短評

 今回は枚数少なめ。

つづれおり
ナチュラルでラフさを感じるのが普通なのかもしれないが、音の配置、音量ともに良く練り上げられている。「安心して聴ける」のは、この練り上げ故だ。こういうことに、比較的早期に気がつけるのは、オーディオにそれなりの投資を行っているからなのだろうが、逆にオーディオに投資しても得られるものは、この程度のことなのであり、音楽としての本質が根本からくつがえされるようなことはないと気がつかせてくれるアルバムでもあるといえる。

Trans Harmonic Nights
ジャケットから受ける印象のためか、両性具有的な感触がある。元タンジェリンドリームということで、あの重みのようなものを期待すると裏切られることになる。そのため、どうも世界的に不人気のようだが、この軽やかさと、時に冷たく、時に暖かいその感触を味わえれば、それで良いではないかと思える。

Slow Dance
こちらは元ジェネシス。いや、そんな肩書きは不要だろう。アルバム1枚で全2曲という構成から思い浮かぶのはマイク・オールドフィールドとクラウス・シュルツ。前者は、比較的主観的な積極性が高いが、それに対し、このアルバムには冷気が漂っている。その冷気は、波のように増減するが、終始、曲想に表れている。後者は、そのロマンティズムがナルシシズムに彩られ、半ば衒学的重厚さを持つのに対し、こちらは、夢想的で、木々の香りや、草花の肌触りを思い起こさせるような情感がある。この冷気と情感の合一は、デジタル楽器とアナログ楽器の比率、調和の妙の結果であると考えられる。

Second Edition
パンクのアイコンがシド・ヴィシャスになったのは、ジョニー・ロットン(ライドン)が形骸化したパンクを小馬鹿にしていたからではないかと思う。もちろん、サービス精神旺盛な彼は、PILになってからも「ゴッド・セイブ・ザ・クィーン」をライブで演奏していたようだけど。
このバンドでは形式こそパンクを気取ることはあれど、パンクが持っていた積極的な関わり方、つまり喧嘩をふっかけるような勢いはなりを潜め、初期スージー&バンシーズの「拒絶」と対になるような「無視」がぼんやりと全体をおおっている。確かにこれはニューウェーブたりえた音楽だろう。ジョニー・ロットンに音楽的才能があったとは思えないが、時代の空気を読む能力には冴えたものがあったのだと思わされる。それにして、セックス・ピストルズの幻をおってPILを聴いた人々はどう思ったのだろう? 裏切りと感じたのだろうか? それとも、新しい波として受け入れたのだろうか?

投稿者 黒川鍵司 : 2008年7月21日 12:24

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