2010年1月16日
戯言
- 醜さも、客観性と想像力の欠如から生み出されるのだと、知ることができただけでも、十分な収穫といえるのかもしれない。
- スピーカーは楽器か? 変換器か? という論争があるのだが、私は後者を支持している。楽器というものは、演奏者の身体の延長上にあり、身体のリアルタイムな動きによって音を出すものだ。鍵盤を"弾く"、弦を"爪弾く"、ペダルを"踏む"といったことによって音は発生している。それゆえに一回性のものであり、演奏者の個性、身体能力が個々の差を生む。それに対してスピーカー駆動ににおいて、リアルタイムに身体動作と同期するものといえば、ボリュームコントロールくらいなもので、身体の延長上にあるとは到底言いがたい。ゆえに、もちろん楽器の共鳴を取り入れるという手法の有用性は認めるが、スピーカーは楽器ではないと考えている。
- ほとんどの人間にとっては、余暇が増大しようが、労働から解放されようが、暇つぶしの時間が増えるだけなのだ。疑問に思うならナウルを見よ。
投稿者 黒川鍵司 : 2010年1月16日 00:01
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コメント
スピーカーはスピーカーですよねぇ~♪ (=^O^=)
投稿者 ponta : 2010年1月16日 23:08
楽器ではないと思っています。また、楽器の製法を取り入れたからといって、即座にそれが「音楽性の獲得」に結びつくほど単純に短絡できるものでもないと思っています。それは、作り手のセンスと、使い手の技能が一致したときに得られるものではないでしょうかね。
投稿者 黒川鍵司 : 2010年1月17日 09:16

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