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2010年1月27日

例えば

 ご飯を"作り"に来て欲しい、といわれたら、多少の食材や調味料はもっていくかもしれないし、場合によっては調理器具も持っていくかもしれない。でも、ご飯を"食べ"に来て欲しいと言われたら、デザートくらいはお土産くらいに持っていくかもしれないけれど、調味料だの器具だのはもって行かないよね。

 まして、「あなたの家のご飯を食べさせて欲しい」と頼んで伺うのだったら、相手の料理にけちをつけるなんてありえないでしょうし、礼儀を忘れず、敬意を持って伺うよね。

 逆に「あなたのおうちのご飯を食べてみたい」と言われたとして、招いてみたら、相手が、せっかく作ったビーフシチューに、持参したケチャップをぶっ掛けて「こうするとおいしくなる」なんて言ってきたら、普通、ぶちきれるでしょ?

投稿者 黒川鍵司 : 2010年1月27日 21:38

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コメント

それすごいよく分かります笑
知り合いがマカロニサラダにケチャップをたくさん入れて、こうしないと美味しくないと豪語していたのには閉口しましたが・・・まぁ僕の料理では無かったので揉めはしませんでしたけどね^^;

投稿者 うぃん : 2010年1月27日 23:01

意味深ですねぇ・・・

投稿者 さもえど : 2010年1月28日 12:15

>うぃんさん
 自分で買ったものをどう食べようが、私はかまいはしないのですが、それを望んでもいない人にも押し付けてくるような態度はやめて欲しいですよね。結構いるんですよね、そういう輩。


>さもえどさん
 真意を汲み取っていただけたようで嬉しく思います。こうして例え話にすれば、明白なことになるかなぁと思い書いてみました。
 思いやりも礼節も失ったら、どんなに能力があったとしても、単に厄介な人物になりかねないと思っています。

投稿者 黒川鍵司 : 2010年1月28日 20:16

昔、ブログで訪問先の”味”を上目線でボロクソ書いているのを読んだことがありますが、書き手の品性の貧しさが透けて見えるようでした。(笑)

感覚、感性に訴えるものは人の数ほど違いがあることを前提にしないと。もちろん、相手がプロの場合(こちらがお金を払っている場合)は別ですけど。

投稿者 ゴーヤ : 2010年2月 1日 18:00

 聴き手は時に不遜であるべきだとは思っていますが、それだけでは何も得られないとも思っています。そして、趣味の分野であればこそ、それに関する美意識は人によって、文化によって、いや、それどころか個人の中でも刻々と変わりえるものだということもわかっているべきですよね。

投稿者 黒川鍵司 : 2010年2月 2日 20:39

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