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2010年11月 3日

CD短評

久しぶりだが、言い訳なしでとっとと書く。

レッド・ツェッペリンIV
いうまでもなく、既にCDで持っているのだが、なんとなくアナログでも購入してみた。通常の日本版LPなのだが、その音の厚みと荒削りな迫力に驚いた。CDとアナログ、どちらがマスターの音に近いのかはわからないが、どちらがツェッペリンか? と問われたら迷うことなくアナログを推す。

プレス・カラー
中性的な児戯とでもいえそうな音楽性と伸びやかに歌う様は、キッチュと評されるだろうか? 発売は79年だが、むしろ80年代半ばを思わせる。性的観点のコケティッシュだとかボーイッシュだとかいうものから離れたところに立っているからこそ、逆説的に一部の人たちを性的に魅了しうる音楽。

ウディ・フラント・ケンクリアン
録音は1950年。もちろんモノラルだが、ウードのソロということで、その欠点をあまり感じない。それどころか、いったい誰が録音したんだ? と思わせるくらいの良録音。奏者の生徒の一人が録ったというのが、いったいどんな人物だったのだろうか。演奏も素晴らしく、細やかな爪弾きが、流麗に連なっていくなかに、さまざまな形の哀切さがにじみだしている。

76:14
ジャケット、曲名、そして音楽にいたるまで匿名性が徹底しており、肉体性が不在。それゆえクリーンで無機な白い広間を想起させるようなアンビエント・ミュージックとなっている。音の厚みが足りなく思える部分もあるが、これだけ心地よいのだから、そこをあげつらうのは野暮というものだろう。

Walls (Dig)
90年代の耽美性がマイ・ブラッディ・ヴァレンタインの「ラヴレス」に集約されていたのだとしたら、2000年代の耽美性はこのアルバムに集約されていたのかもしれない。メロディを押しつけてこようとはせず、むしろビートが鋭い。にもかかわらず、美と情感を感じさせるのは見事。弱点としてはアルバムとしてのまとまりに欠けるところだが、むしろそれこそが2000年代的なのかもしれない。

Amateur Dramatics
以前聴いたカール・ラガーフェルドの選曲集「Les Musiques Que J'aime」で知ったアーティスト。リズムへのアプローチが面白いと思っていたら、もともとドラマーとのこと。ジャケットのとおり、可愛らしさやユーモアを感じさせたりするのだが、どこか人を食ったような、悪意を秘めているような気もしなくもなく、パスカル・コムラードと近いものを感じたりもする。

投稿者 黒川鍵司 : 2010年11月 3日 12:46

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