2011年4月27日
少女単体 第7回公演『少女復活祭』
少女単体の苅谷文さんと知り合ったことは、すでに記事にしたとおりだ。しかし、肝心の彼女の公演を観ることがないままにここまできていた。やっと、それを観ることができたのは、先週の日曜日だった。震災の影響は大きく、観客は私を含めて8人。それも最後まで残ったのは私だけという状況。しかし、それゆえに私にとっては楽しめる、いや、楽しめるというよりも価値を感じることができたというべきか。そういう公演になってくれた。
内容を並べ立てるのはルール違反であるだろうし、公演のチラシやサイトの文章から推し測るべきものという気がする。ここではレビューという形ではなく、個人的な感想を記すだけにしたい。
苅谷文という半ばフィクショナルな存在が、事実を語り、観客がいつのまにかそれに引き込まれていると、見計らったように、それが一瞬にして、虚構に転換される。そして被害者にして加害者、受難者にして迫害者という演者が一人ということを逆手に取ったような構造もニヤリとさせられた。
この公演での私は立ち位置が微妙で、彼女の公演は初めてだったわけだが、演劇以外の場所で、彼女のイメージができており、それがなければ感じたかもしれないものを感じないまま、第一部では、半ば引いた位置で、上述のように物語の構造に感心するという観客でいられた。しかし、第二部では、そんな姿勢、構えはすっかりなくなり、その世界に入り込んでしまっていた。そして、ラストの瞬間には、フェリーニの「インテルヴィスタ」の登場人物になったような、そんな気分を味わうこととなった。
これを演劇として評価することができるか? と言われたら、正直、考え込んでしまう。しかし、次回があるというのなら「もう一度、観劇、いや参加したい」と思わされる公演だったということは間違いない。それだけは断言できる経験だった。
投稿者 黒川鍵司 : 2011年4月27日 22:11
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コメント
面白そうですね。今度誘って下さい
投稿者 黒木 : 2011年4月28日 06:04
行きたかったんですが・・・
残念(ρ_;)
投稿者 デーンちゃん : 2011年4月28日 12:33
>黒木さん
どこまでが意図されたものなのかわからない瞬間もあるのですが、かなり計算されたもののように感じられました。機会があればお誘いします。
>デーンさん
いやいや、いまは何よりもご家庭でしょう。機会があれば、会場でお会いしましょう。
投稿者 黒川鍵司 : 2011年4月28日 22:39

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