2012年1月 4日
新年会のお知らせ
昨年も新年会をさせていただいたのですが、本年も開始したく存じます。会場の関係で2月初旬の開催を予定しております。1月20日現在、参加のご希望をいただいていると、当方が認識しておりますのは、次の方々です。 ご参加希望の方は1月20日23時ごろまでに、当方に何らかの手段でご連絡ください。会場は新宿 Cafe Le TEMPS、開催時間については19時~21時の2時間、費用は4千円を見込んでおります。
以上、よろしくお願いいたします。
投稿者 黒川鍵司 : 20:16 | コメント (3) | トラックバック
2011年9月25日
戯言
- 結局、初のブルーレイディスク購入は「スター・ウォーズ コンプリート・サーガ ブルーレイBOX
」となった。1~6を通してみたのだが、以前、酷評していた2、3のまとまりのよさに感心したりした。少なくとも、帝国軍の機動歩兵がヌイグルミに蛸殴りにされる「ジェダイの帰還」程のナンセンスさはなく、伏線のまとめ方も手堅い。字幕の奇妙さもかなり修正されている。画質については、今はここまでできてしまうのだなぁと感心しきり。冗談でなく、ジャンドランドの小石の数が数えられそうだ。もちろん、絵の部分と実写の部分に差がまったくないというわけではないのだけど、それもSWらしさと納得できる。これだけの内容で、この価格なら、まったく文句はない。買ってよかったと素直に思う。
- 口唇裂は子供の頃に何度か見たことがある。「子供の頃なら素直に受け入れられただろ」って? いや、子供の方が「他の人と違う」ことに敏感だし、差別的だ。
- この話、いつも聴こうとした人がいなかったことにされる。実際には、一人の女性が最後まで聞き続けて、彼の正体にも気がついて「こんなことが起こるなんて!」と喜ぶシーンもあるんだ。 http://d.hatena.ne.jp/HODGE/20070506/p1
投稿者 黒川鍵司 : 10:39 | コメント (0) | トラックバック
2011年9月14日
ご質問は
以下でも承っています。ザ・インタビューズ:http://theinterviews.jp/kurokawa_kenji/interview
投稿者 黒川鍵司 : 21:44 | コメント (0) | トラックバック
2011年9月 4日
戯言
- 昨日は、@_Mirto_ さんに作っていただいたバッグを持って、お出かけ。@Lotus_Rose さんと待ち合わせて、@Shinjuko さんの銀座ヴァニラ画廊の個展へ。お二人の再会がおいらの念願だったので、うれしく思っていたら、@hikimusubi さんにもお会いしました。その後、ザロフに移動したら、カウンターにまるで店員さんかのように馴染んだ@LIEN_PM さんがいらっしゃる。ギャラリースペースに行くと、 @aran_rosy さんがいて、以前のお約束のココアをおごらせていただくべく、階段を下りたら @majyutsudo さんと鉢合わせ。歓談していたら、@ayasakingyo さんもいらっしゃるという状況。差し入れのご相伴に預かり杯を重ねて、長居。でも、ギリギリ午前様にはならずに帰ってきましたよ。
- あふむけの 蝉を弔う クロアゲハ、冷徹に 骸を分ける 蟻の群れ
- クエイの映像が好きなのは、それがロマンティックで、エロティックだからなのだけど、そのエロティックさが観念論めいたものよりも、触感的で、直截的なものに傾いて
いるから好みなのだろう。つまり、結局、私は感覚的で、直接的なものが好きで、いわゆるフェチズムとは遠いところにあるという気がしてならないわけだ。
投稿者 黒川鍵司 : 10:36 | コメント (0) | トラックバック
2011年8月27日
2011年3月11日のこと
やっと、書ける気がしてきた。もっと早くに書くべきだと思わなかったわけではない。生々しいままに書くことには意味があったと思うが、その役割はtwitterが果たしていてくれたと思う。また、もう少し先延ばしにして、6月11日に「あれから半年たちました」とでも書き始めてもよいのかもしれない。もちろん、そんな割り切り方は、私にはできないわけだが。思うにこの日と、それにまつわることを書けると思えたのは、真珠子さんの個展に伺ったからではなかろうか。私の気持ちに区切りをつけてくれたことに感謝したい。
当日は奇妙な既視感につつまれていた。
揺れの最中、呆然と立ち尽くす人たちの中、どういうわけか頭の中に神戸の震災に遭遇した人たちの言葉があふれ出て、ドアを開けに行った。その行動が理解されたのか、二回目以降の揺れでは、みな率先してドアを開けに行ってくれた。
二度目の大きな揺れの際に、脳裏に浮かんだのは、やはり神戸でみた途中の階がつぶれたビルだった。ああ、このままつぶれるのだろうなと半ば諦めと、それでいいのかもしれないという奇妙な安堵が心に宿った。
ありがたいことに、ビルはつぶれなかったが、夜間周囲は停電で、信号さえついていなかった。ブラインドの羽をめくって見る、その風景は映画「ゾンビ
不安は多かった。でも、周囲に見知った人がいた。これは大きかった。これが休日で、自室にいたときなら、正直パニックに陥っていたと思う。そうならずにすんだことには、一緒にいてくれた人々に感謝するしかない。
自室に帰ってきたのは、翌日の15時頃。あれだけのことがあったのに翌日には動いている列車には、感嘆した。自室のドアを開けるまでは最悪の状況を想像していた。すべて倒れて、すべて壊れて、片付ける目処さえつかない風景、その真ん中で立ち尽くす自分。しかし、実際は意外なまでに被害は軽微だった。
吹っ飛んでるだろうと思った冷蔵庫も問題なく、倒れているだろうと思った食器棚も無事だった。割れたグラスもあるが、どういうわけか全部シンクの中で割れていた。
液晶テレビは何もなかったかのようだ。テレビ用に使っていたスピーカ-はインシュレータから外れて、左はテレビ台から落ちていたが無傷。PCのモニタはずれてはいたのだけど壁に寄りかかる形になっていて無事。PC用のスピーカーは前にパタンと倒れていたが、これもまた無傷だった。
落ちていると思っていたアナログプレイヤーはまったく無事。細身なので、絶対に倒れているだろうとおもったメーンシステムのスピーカーもすくっと立っていたが、よくみるとべっ甲のインシュレータからずれて、大理石の上をスパイクがこすった痕があった。
「お前ら踏ん張ってくれたんだな」
そう独り言をはいて、少しの間泣いていた。
それから、しばらくの間、今思えば恐ろしくポジティブだった。twitter上でも、メールでも、実際にあった人にも励ましの言葉をかけてばかりいた。いったいアレは何だったのだろう? へんなスイッチが入ったみたいだった。しかし、twitterでの発言を見ていると、次第に暗い影も感じ始めていたようだ。
- 衝突や苛立ちを目にするのは今週の方が多いだろうな。冷静に、いかなくては。(3/22)
- 次。長期化への不満をさらに目にすることになる。いままで、上層部に対しての不満がメーンだったが、これからは現場も含めた形になって行く可能性がある。現場の活動の広報をさらに活発化させ、可視化させる必要が出てくる。(4/2)
- カリスマ性や他者を巻き込みえるナルシシズムは、短期的には有効だが、中~長期的には盲信、盲従、思考停止の大きな要因たりえる。(4/5)
- 被災者、被災地というものが、単位化する。単位化されたそれは貨幣と同じく、取引や信頼を得るための道具になる。そして、2万以上の物語が消えたことなど、思いもせぬ人々によって使われることとなり、次第にその単位は浸透していく。(4/7)
ネット上の知り合いにも、嬉々として正義だの、真実だのを振りかざして、悪態と糾弾を繰り返し、自分を満足させるだけの個人がいた。いや、こんなことあげつらっても不快になるだけだ。このような機会ではあるけれど、早めにそのような本性がわかって、関係を切れたことを感謝しよう。
その後、生活に関して復活できたと思ったのは、実はかなり遅くて、7/17にメーンのオーディオシステムでモーツァルトの「レクイエム
戻れたといっても、2万を越えるという犠牲者の数を忘れたことはなかった。数で行ってしまえば二文字。あの災害に比べれば少ない、あの戦争に比べれば少ない、あの......そんなことはどうでもいい。2万以上の物語、それぞれに紡いでいた1つ1つが個別で、他にはない物語が消えたのだ。それに対してどうすればいい? どうやれば、それを忘れられる? 自暴自棄になるか? 怒りを他者にぶつけるか? それでなんになる? それこそ「ゾンビ
追悼、弔い、祈り。確かにスマートだ。しかし、そこに何か力はあるのか? 意味はあるのか? そういう思いがくすぶっていたから、今日まで書けずにいた。そして、冒頭に上げた真珠子さんの個展がやってきた。理論ではなく、形としての祈りには確かに力が感じられたし、自分自身のわだかまりが消えていくのも感じられた。美術、もしくは芸術というものに、こういう力があるのだということも思い知らされた気がした。
さて、この後はどうしよう? 私にできることは何だろう? 祈りの後にできること。次はそれを考えていくことが課題になりそうだ。
投稿者 黒川鍵司 : 01:10 | コメント (0) | トラックバック
2011年8月22日
戯言
- カミーラ。君は僕のエリーナ・マクロプロス。その日まで、その体温を覚えておくよ。
- 水溜りに浸かったセミの死骸は、ひどく無残に見えた。
- 「オーディオにお金をかけるのはアーティストへの敬意」と常々言っているのだけど、これは半分以上嘘なんだ。敬意なら情熱で示せばいいんだよ。その情熱が減った分、金を使って機器を揃えて何とか補おうとしている。それが、私の真実。そう、少なくともほめられるようなことじゃない。
投稿者 黒川鍵司 : 00:03 | コメント (0) | トラックバック
2011年8月13日
戯言
- 野良猫。まだ若く、おそらく生まれて半年くらいか。「大変なときに生まれちまったな。お互い頑張ろうぜ」と小声で話しかける。物怖じもせず、僕を見つめる透明な瞳。
- さてさて、お立会い。ここにお目にかけますは、親の因果が子に報い、生まれ出でたるアセファルのその姿。ご満足いくまで、とくとご覧あれ!
- 異端とされる人物が、「救済者」なんて皮肉だろ?
投稿者 黒川鍵司 : 01:39 | コメント (0) | トラックバック
2011年8月 6日
LIENS PUNKY★MONSTER個展『TempoRary』
本日、パラボリカ・ビスで開かれているLIENS PUNKY★MONSTER個展『TempoRary』に伺ってきた。こういう出だしは2回目だ。そう、あの真珠子さんの個展以来だ。ぬいぐるみということで油断、ということはなかったと思うのだけれど、今回もやられた。LIENさんとは多少は顔見知りなのだが、ここまで強度・完成度の高い世界をお持ちとは思ってもみなかった。圧倒され、見入ることしきりの数十分間。前回のように映画にたとえるなら、これはキューブリックの映画の舞台美術。揺るがしようのない、あの姿に近いと感じた。
女子供の見るものだろ? という偏見の持ち主にこそ見て欲しい。
LIENS PUNKY★MONSTER個展『TempoRaryは8月29日(月)まで。
投稿者 黒川鍵司 : 23:07 | コメント (0) | トラックバック
2011年4月27日
少女単体 第7回公演『少女復活祭』
少女単体の苅谷文さんと知り合ったことは、すでに記事にしたとおりだ。しかし、肝心の彼女の公演を観ることがないままにここまできていた。やっと、それを観ることができたのは、先週の日曜日だった。震災の影響は大きく、観客は私を含めて8人。それも最後まで残ったのは私だけという状況。しかし、それゆえに私にとっては楽しめる、いや、楽しめるというよりも価値を感じることができたというべきか。そういう公演になってくれた。
内容を並べ立てるのはルール違反であるだろうし、公演のチラシやサイトの文章から推し測るべきものという気がする。ここではレビューという形ではなく、個人的な感想を記すだけにしたい。
苅谷文という半ばフィクショナルな存在が、事実を語り、観客がいつのまにかそれに引き込まれていると、見計らったように、それが一瞬にして、虚構に転換される。そして被害者にして加害者、受難者にして迫害者という演者が一人ということを逆手に取ったような構造もニヤリとさせられた。
この公演での私は立ち位置が微妙で、彼女の公演は初めてだったわけだが、演劇以外の場所で、彼女のイメージができており、それがなければ感じたかもしれないものを感じないまま、第一部では、半ば引いた位置で、上述のように物語の構造に感心するという観客でいられた。しかし、第二部では、そんな姿勢、構えはすっかりなくなり、その世界に入り込んでしまっていた。そして、ラストの瞬間には、フェリーニの「インテルヴィスタ」の登場人物になったような、そんな気分を味わうこととなった。
これを演劇として評価することができるか? と言われたら、正直、考え込んでしまう。しかし、次回があるというのなら「もう一度、観劇、いや参加したい」と思わされる公演だったということは間違いない。それだけは断言できる経験だった。
投稿者 黒川鍵司 : 22:11 | コメント (3) | トラックバック
2011年4月23日
戯言
- うちのマンションのお隣には、去年の春くらいから、中東系のご夫婦が住んでいた。生まれて数ヵ月だろう赤ちゃんもいて、えらく美人の奥さんが通路を歩きながら、あやしているのを見かけたりもしたし、旦那さんとも会釈で挨拶くらいはしていた。夏の夜の暑さに、窓を開け放っていると、馴染みのない、異国の言葉がベランダづたいに聞こえてくるのも個人的には楽しかった。先月の終わりくらい、いや、もう少し前から、お隣に人気がなくなった。先週、ベランダで洗濯物を干しながら覗いてみると、部屋の中は、まったくのもぬけの殻だった。「ああ、そうか。そういうことか」と妙に納得しながら、その影響が、つい隣までやってきていたことを実感した。
- 私が映画「ロード・オブ・ザ・リング
」で最も好きなシーンは、「二つの塔
」の冒頭、奈落に引きずり込まれたガンダルフが、落ちるままの姿から、愛剣グラムドリングに追いつき、その柄を握り締め、バルログへの立ち向かっていく姿に変わる、あの瞬間だ。落ちる、いや、落とされるという受動の状況から、立ち向かうという能動への転換が見事に描かれている。この受動の状況を、そのまま能動の状況に変える力、これこそが魔法使いの力であると思う。そして、翻って、現実の世界に戻ったとき、ある人物のことを思い出す。彼と共演したマニュエル・ゲッチングが「どんなに悲惨と思える状況でも、彼はあっという間に変えてしまった」と評した人物。その名をティモシー・リアリーという。
- しばらくの間、「伊福部先生がご存命だったら、どんな音楽を作り出しただろう」という思いに取り付かれていたのは、あのチャイムゆえだったのだろうか?
投稿者 黒川鍵司 : 18:21 | コメント (0) | トラックバック
2011年4月17日
ヤマダナナさん 横田沙夜さん お誕生日おめでとう会
昨日、Dining Bar 渋谷ウサギにて、タイトルの会を開かせていただきました。ご参加いただいた方々は以下のとおりです。震災の影響も覚めやらず、また、余震も続く中、このような会を開くことにつきましては、逡巡するところもあったのですが、お集まりいただいた方に、多少なりとも楽しんでいただけたのなら、会を開いてよかったと思います。
あ、そうそう、いくつか書いておくべき事が。
- チャイナドレス、入らなくてごめんなさい。
- 箱さんの両腕に左手一本で勝てるとは思ってもみなかった。
- 安宅さんのちっちゃい名刺、かっこよかった。おいらも、ああいうの作ろうかな。
- お二人の猫耳フード写真、おいらにもください。お願いします。
投稿者 黒川鍵司 : 01:11 | コメント (3) | トラックバック
2011年3月26日
戯言
- 言葉には、その人が出るというが、こういうときならなおさら。視線もわかるし、様々な意味でのリテラシーも見えてくる。
- 何のために? という記念品が役立ち、貸しただけで大いに感謝される。状況の変化というのはなんとも不思議だ。
- 国やら民族に対する自虐よりも、自分自身についての反省からはじめないと、結局は元に戻ると考えるのだが、どうだろう。
投稿者 黒川鍵司 : 21:32 | コメント (0) | トラックバック
2011年3月22日
第2回 黒川会
一回限りの新年会のつもりだったのですが、「黒川会」という広域指定××団のような名前も頂戴し、第2回をというご希望をいただきました。前回が新年会でしたが、今回はお誕生日会です。■日程
2011/4/9(土)、もしくは2011/4/16(土)
■参加予定者
2011/3/23現在、次の方から参加のご希望をいただいております。
■参加ご希望の方
黒川宛にメール、こちらの記事へのコメント、もしくはtwitterなどで、ご連絡ください。2011/3/30を締め切りとさせていただきます。
また、参加をご希望いただいた方々にはメールなどで、日程のご相談をさせていただきます。
以上、よろしくお願いいたします。
投稿者 黒川鍵司 : 21:43 | コメント (4) | トラックバック
2011年2月27日
戯言
- 憧れていたJBLも、Wadiaも、矮小化された形かもしれないが、手元にやってきてくれた。あと憧れていた、いや、いるのはGoldmundとNAGRAだけど、前者とはCelloのアンプを選んだ時点で、後者とはLINNのCDプレイヤーを選んだ時点で、縁が切れてしまったように思える。もうひとつ、憬れていたブランドがあったのだが、そのブランドについては新作が出るたびに、憧れが消えうせていく。
- なんとなく、モデルにされている気がする。憎まれ役っぽくもあるが、それはそれで楽しい。
- 趣味とは制限の中で、如何に工夫するかを楽しむことではないかな? やりたい放題は、趣味ではなくて、放蕩と言うのではないかな?
投稿者 黒川鍵司 : 17:37 | コメント (0) | トラックバック
2011年2月11日
少女単体 苅谷文さんからプレゼントをいただきました。
少女単体の苅谷文さんから、プレゼントをいただきました。
団扇、DVD、お菓子が入っていました。
裏にサイン入りです。どうして、このようなものをいただいたかといいますと、苅谷さんはオーディオにもこってらっしゃって、ブログにも記事をあげてらっしゃいます。その関係で、twitterもフォローさせていただいております。先日、こちらからSACDソフトを差し上げたい旨をtwitter上でお伝えしたところ、「何かと交換しませんか?」というご提案をいただき、「あの団扇ください」と図々しくも答えてしまいました。
いやぁ、団扇だけでもいただければ十分だったのですが、このような豪華3点セットをいただいてしまい、恐縮しております。
苅谷さん、ありがとうございました。
投稿者 黒川鍵司 : 11:11 | コメント (4) | トラックバック
2011年1月16日
戯言
- 横田沙夜さんのご紹介で、ある方から名詞をいただいた。そこに書かれたイラストを見た瞬間、私の中で、宝石箱がひっくり返ったように、10代の思い出が飛び散った。そのご名刺の主、勝川克志さんは、僕に高校をやめて、大検(現:高認)を受けることを決意させた本のカットを担当されていた方だった。
- SPKとゴットフリート・ヘルンヴァインに共通する、医療、政治、権威による行為の爪痕。ヤニック・トップとH・R・ギーガーに共通する兵器性と静美感。
- 「"音"なんてどうにかするのさ」 素晴らしい言葉だ。
投稿者 黒川鍵司 : 19:01 | コメント (2) | トラックバック
2011年1月 9日
【新年会】ご参加ありがとうございました。
昨日、Dining Bar 渋谷ウサギにて、かねてより、このブログでも触れていた新年会を開催させていただきました。ご参会いただいたのは次の方々です(到着順)。- SSKさん
- sugatinさん
- Chrisさん Twitter
- 日比谷カタンさん Twitter
- ヤマダナナさん Twitter
- ゆひさん
- キャリー・エンパイアさん Twitter
- 古谷葵さん Twitter
- 横田沙夜さん Twitter
- ネコのない笑いさん
本当にありがとうございました。
次回を、というご要望をいただきましたが......どうしようかなぁ......。
投稿者 黒川鍵司 : 00:53 | コメント (3) | トラックバック
2011年1月 2日
新年会開催のお知らせ
事前調査の結果、開催最低人数を超える参加希望者様の挙手をいただきましたので、新年会を開催することとなりました。場所と日程は以下のとおりです。■場所
渋谷
■日程
2011年1月8日(土)
1/5まででしたら、参加者の追加が可能ですので、上記内容で参加をご希望される方は、当方にメールなどでご連絡ください。詳細をお送りいたします。
なお、現在までに参加を表明いただいている方は、次の方々です。
以上よろしくお願いいたします。
投稿者 黒川鍵司 : 13:49 | コメント (0) | トラックバック
2011年1月 1日
恭賀新年
皆様、旧年中は大変お世話になりました。本年もよろしくお願いいたします。
投稿者 黒川鍵司 : 00:04 | コメント (2) | トラックバック
2010年12月20日
【事前調査】
当方が新年会を開くとしたら、参加してみたいという方は、この記事にレス、もしくは当方にメールをいただけませんでしょうか?まだ、何も決まっていませんが、場所は都内。日程は1月の半ばくらいのつもりです。
特定の分野に偏ったものではなく、なんとなく新年会したいというだけのものです。オーディオのことだけ話したいというような方にはご満足いただけないと思います。
現在のところ、挙手いただいているのは次の皆様です。
7名さまを超えましたので、開催決定です。上記7名さまには改めて、日程と場所の調整メールを差し上げますので、よろしくお願いいたします。
なお、参加者はまだ募集しておりますので、お気軽に。
投稿者 黒川鍵司 : 22:56 | コメント (4) | トラックバック
2010年12月 7日
戯言
- 死ぬことの強要にせよ、生きることの強要にせよ、「個の剥奪」という指向は共通している。
- 花が色あせていくのを見るのは辛く感じるが、きっと、この過程を見つめてこその愛情なのだろう。
- 科学的というのはね、仮説を立てて、その仮説が支持されるか棄却されるかを確認することなのですよ。結果をあらかじめ作っておいて、事象をそこにねじ込むことではないのですよ。
投稿者 黒川鍵司 : 21:46 | コメント (0) | トラックバック
2010年12月 5日
今年の
今年の自分への誕生日プレゼントは須川まきこさんの作品になりました。
今年は宮西計三さんの作品も購入させていただきました。
私が始めてみた宮西さんの絵は、「夜想 特集:少女」に掲載されていたものでした。その発刊は1990年となっていますので、私が見たのも、そのあたりでしょう。20年越しで手元にやってきてくれたという具合ですかね。12:09 追記
誕生祝いに青い薔薇をいただきました。
Sさん、ありがとうございます!投稿者 黒川鍵司 : 04:37 | コメント (0) | トラックバック
2010年11月20日
戯言
- えーっと、あれだ。フロオベル。そう、あれだ。
- 確かに蝶の羽を運ぶ蟻は注目される。しかし、人々が見ているのは蝶の羽だ。蟻ではない。
- モリニエやベルメールのように匂い立つ、そうあの匂いを。
投稿者 黒川鍵司 : 18:51 | コメント (0) | トラックバック
2010年11月 4日
昨日、今日
昨日は、お姫様のお供。まずはヴァニラ画廊へ。ついてみると、エントランスにお姫様と、最近よくお会いするS氏が。あがってみると、素敵な世界が。そしてつい、須川まきこさんの作品に魅せられて......。と思っていたら、児島都さんがいらして作品追加。ご挨拶もできてよかったよかったと思っていたら、S氏も合流して高円寺へ。マッチングモールで開かれている美少女さんの個展「たおやかな衝動 うつろな故意」へ。オープニングパーティということで、東京ディスティニーランドさんの一人芝居が目の前で。あの格好なのに、妙に腰が低いのがつぼにはまってしまい、受けすぎてしまいました。そして歓談、飲んで喋って、飲みすぎて喋りすぎて、今日は昼過ぎまで声が1オクターブ下がらざるを得ない始末。
そして、ふとメールボックスを見ると微妙につながりのある少女単体さんのメールマガジンが。クリスマスに公演をされるとのこと。「行けるのかな、俺」と思いつつも楽しみに。
こうして11月も進んでいくのでありますね。
投稿者 黒川鍵司 : 22:40 | コメント (0) | トラックバック
2010年11月 1日
戯言
- うちのメーンシステムに「ひっそりとしている」「清澄」「S/Nが良い」といったお言葉をいただくことがあるのだが、当初、皮肉だろうか? と思ったりしたことがあった。このシステムのおかれた部屋は多少対策しているとはいえ、幹線道路に面していて車の音が聞こえてくる。スピーカーからもプリアンプ由来の残留ノイズするし、アンプ類のトランスはうなっている。こんな状態のシステムでS/Nが良いなんてことがあるだろうか? と思っていたわけだ。しかし、さまざまな人からそういう言葉をいただくので、どうも皮肉ということではないようだ。それに、うちにいらした方は皆さん皮肉を言うような人たちじゃない。では何で? と考えたとき、測定器的なS/Nと聴覚的なS/Nという区分が思い浮かぶ。後者は一種のカクテルパーティー効果なのだろう。とすれば、うちの音は多少は意味のある音になっている、ということなのかもしれない。いや、「褒めるところのない女の子は髪を褒められる」というやつかもしれないけれど。
- どうあっても忙しいふりはしたくないのだが、そうもいかない。
- 「耽美」という言葉で浮かぶオーディオブランドを教えてください。こちらのコメント欄、メール、twitter、どういった方法でお答えいただいても結構です。お礼はできないのですけれども......。
投稿者 黒川鍵司 : 22:03 | コメント (4) | トラックバック
2010年10月17日
戯言
- 明らかなやらせや、曲解を含んだ見世物的ドキュメンタリーを指す「モンド映画」というジャンルがある。リンク先にあるように語源は「世界残酷物語」の原題「MONDO CANE」だ。このタイトルを直訳すれば「犬の世界」ということになる。つまり、モンドは、世間とか世界という意味だ。いや、関係ない。関係ないはずだ。
- いつまでたっても「帰属」というやつは苦手だ。
- アンネリーゼ・ミシェルの事象は、「分裂病の少女の手記
」のルネのそれと構造的に一致しているように思える。アンネリーゼにとっての「悪魔」は、ルネにとっての「組織」。自らを殴ったり、冷たい床に寝るといった自傷行為はまったく一致しているし、他者の罪悪ゆえに自分を罰するという点も似ている。それをもって、アンネリーゼが統合失調症であったとは言い切れないし(ルネが統合失調といえるのかどうかも議論がある)、仮にセシュエーのような精神分析家があの時期のドイツにいて、彼女にかかわったとしても、あのような最後を迎えずにすんだという確証はない。しかし、おそらく、この二人の人生に訪れた差異は、本人たちに起因するものではなく、彼女たちの物語を周囲の他者がどのように解釈したのかに寄っている。
投稿者 黒川鍵司 : 10:03 | コメント (0) | トラックバック
2010年10月 4日
戯言
- 生物兵器において重要となるのは、自軍の犠牲を最小限に、可能ならまったくの無傷にとどめることと、目的達成後、即時にそれを排除できることだろう。そうなると、陰謀論で取り上げられるそれのほとんどが要件を満たさない。
- それに比べ、こいつはよくできている。よくできすぎていて、露骨なまでだ。
- 「その煙の中から、いなごが地上に出てきたが、地のさそりが持っているような力が、彼らに与えられた。彼らは、地の草やすべての青草、またすべての木をそこなってはならないが、額に神の印がない人たちには害を加えてもよいと、言い渡された。彼らは、人間を殺すことはしないで、五か月のあいだ苦しめることだけが許された。彼らの与える苦痛は、人がさそりにさされる時のような苦痛であった。」(ヨハネの黙示録)
投稿者 黒川鍵司 : 22:27 | コメント (0) | トラックバック
2010年9月 9日
戯言
- 約一年ぶりの大阪。収穫は、オーディオから離れていられたということと、鮫とエイの肌触りの違いを知れたこと。そして体温を思い出せたこと。
- ツールを欲している人に、エコシステムを押し付ければ「使いづらい」といわれるのは目に見えている。やるべきはイケス全体の提示ではなく、散らばる貝それぞれに注目させて、そこがイケスだと気がつかせないことだ。
- あの文章に感じれる奇妙な不遜さは、語法・文法の稚拙さと使われている単語・語彙の齟齬感、そして単なる無配慮に起因するであろう時制の不統一、一辺倒な文末といったものに起因している。それらは、書き手の客観性の低さ、自己中心性をあらわしており、読み手に不快感を与え、結果として対人間のトラブルを招く原因となっている。
投稿者 黒川鍵司 : 22:03 | コメント (0) | トラックバック
2010年8月16日
嗚呼
焼死とまでは行かないまでも、熱中死を連想させうる、この暑さ。きっと、グリルの中の魚はこんな気分に違いない。白熊が食べたくなるが、さて、どこに売っていただろう。ともかくも、隠れ、逃げおうせたい。投稿者 黒川鍵司 : 22:25 | コメント (0) | トラックバック
2010年8月 5日
暑中お見舞い申し上げます。
うだるような、というよりも焼かれるような酷暑。皆様いかがお過ごしでしょうか。画像のリンク先で、少しでも涼しい気分となっていただければ幸いです。
投稿者 黒川鍵司 : 21:33 | コメント (0) | トラックバック
2010年7月24日
真珠子・個展 「おねえさんはリボン狂」
本日、パラボリカ・ビスで開かれている真珠子・個展 「おねえさんはリボン狂」に伺ってきた。題名からも「女子供向け」という気がしていて、全く舐め腐った物見遊山だったのだが、いい意味で裏切られた。展示を見ている間、空いた口がふさがらないという圧倒されっぷり。この気持ちを言い表すとすれば、物心ついた頃の少女に媚態をつくられて誘惑されたあの瞬間に味わった、もしくは、映画「ピアノ・レッスン
あれは男には絶対に創り出せない世界。あなたがエンヤの楽曲
投稿者 黒川鍵司 : 21:22 | コメント (0) | トラックバック
2010年7月20日
この連休にまつわるetc.
- 16日(金)は児島都さんに誘われ、アルジェント研究会の皆さん、古谷葵さんたちと靖国神社のみたままつりへ。季節と若者たちの熱気に中てられつつ、見世物小屋や屋台を巡る。幼い頃に味わった祭りの香りの只中という具合。そんな中、私が一番惹かれたのは、お化け屋敷の呼び込みのおばちゃんの口上。よどみなく、するすると、それはもう見事な限りで、語呂もよく、まさにあれこそ祭りの至芸。
- 17日(土)は某店のバーゲンへ。「静電キラー SK-1」を購入。加えてEINSTEINの新製品「The Little Big Phono」を見せていただく。この外観、久々にワクワク出来る製品と感じ、翌18日(日)にレコードを持参して試聴。
試聴環境は以下の通り。- レコードプレイヤー:Brinkmann OASIS
- トーンアーム:SME Series V
- カートリッジ:シェルター MODEL9000
- プリアンプ:dartZeel NHB-18 NS
- パワーアンプ:dartZeel NHB-108 MODEL ONE
- スピーカー:Bowers & Wilkins 800 Diamond
左右のセパレーション、S/Nについては「流石」の一言。それでいて解像度のみを追った音ではなく、同社のアンプとも共通するロマンティシズムも感じられ、酔えるといえる。ただし、レコードに対する忠実度を優先するなら他の選択肢もあるといえるかもしれない。 - 19日(月)は銀座 月光荘で開かれているmarieさんの「人形個展 Vol.1 ~冷たい頬~」へ。mariesさんには以前、パラボリカ・ビスでお会いしていたのですが、作品を見させていただくのは初めて。ご本人同様の可愛らしいさのあふれる、それでいてコケティッシュな作品たちでした。
投稿者 黒川鍵司 : 19:41 | コメント (0) | トラックバック
2010年7月15日
戯言
- 希望は参加につながり、諦めは逃避につながる。
- マン・レイ展に行った。とかく写真のみが取り上げられるが、絵画、オブジェも多数展示されており、その全容をうかがい知るには良い展覧会だった。一番印象に残ったのはハンス・ベルメールのポートレート。本当に小さな写真だったが、漆黒に彼の、なにか苦渋に満ちたような顔だけが、すっと浮かび上がっていた。女性においては、リー・ミラーよりもキキの写真に惹かれたが、これは私の好みの問題だろう。
- 始まりは美しい。なぜならそこに希望を感じることが出来るから。
投稿者 黒川鍵司 : 23:38 | コメント (0) | トラックバック
2010年7月 3日
私信
どうして赤の他人を気遣ってくれるのですか? って?そりゃ、君に惚れているからだよ、ってのは冗談で、あなたのブログの愛読者だからです。どうぞ、これからも書き続けてください。
投稿者 黒川鍵司 : 10:55 | コメント (0) | トラックバック
2010年6月23日
戯言
- 動けば動くほどつながりは増えていく。こういうことは前にもあったのだけど、お金も時間もとられるので深入りしないようにしたのだっけ。今回の流れはどうしようか?
- 誹謗と中傷には笑顔と沈黙をもって答える。
- 1994年、ニューヨーク大学物理学教授だったアラン・ソーカルは数学・科学用語を衒学的に、そして、その理解を欠いたまま乱用する人文評論家を批判するために、同様の手法ででたらめな擬似論文を作成。これを著名な人文学系評論誌に送ったところ、編集者のチェックを経て掲載されてしまう。掲載と同時に、ソーカルは、この論文が間違いだらけの、放射性物質のラドンと人名のラドンを取り間違えて使用するといったレベルのめちゃくちゃなものであったことを明らかにする。こうして、いわゆるポストモダン思想の多くは面目を失った。これをソーカル事件という。
投稿者 黒川鍵司 : 21:29 | コメント (0) | トラックバック
2010年6月16日
アトリエ茉未

アトリエ茉未
投稿者 黒川鍵司 : 22:22 | コメント (4) | トラックバック
2010年6月 1日
The Other Side ~拘束と解放~
写真家 GrowHair と人形作家 10 人が織りなす、もうひとつの世界会期 2010年6月18日[金]~ 7月5日[月]
■月~金/13:00~20:00 土日祝/12:00~19:00
スペシャルイベント開催日は17時に閉館
■水曜休館 ■入場料:500円(併催の宮西計三・個展と共通)
★入場者にミニ写真集プレゼント
会場:parabolica bis[パ ラボリカ・ビス]2F/Galleria Yaso mattina 人形:林 美登利/八裕 沙/赤色メトロ/櫻井紅子/橘 明/土谷寛枇/吉村 眸/枝里/由良瓏砂/七衣紋
写真:GrowHair
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19日か26日にいけるとよいなぁと思っています。
投稿者 黒川鍵司 : 22:19 | コメント (0) | トラックバック
2010年5月18日
戯言
- 「などてすめろぎは人間となりたまひし」という言葉を目にしたとき、僕の脳裏に流れる音楽は、どういうわけかデヴィッド・ボウイの「ライフ・オン・マーズ?」で、本当ならTHE YELLOW MONKEYの「悲しきASIAN BOY」が浮かぶべき気がするのだが、あの曲だと、やっぱり市ヶ谷駐屯地でアジる三島の姿が似合う気もする。しかし、あの三島の姿で浮かぶのは、どういうわけか埴谷雄高の「死霊」の第6章「愁いの王」で、愁いという文字をみるとU.K.のファーストが思い浮かび......。
- 「実入りが増えた方が嬉しいでしょ?」と諭すように語る彼の言葉に、芥川が書いた「わたしの甥はレムブラントの肖像画を買うことを夢みている。しかし彼の小遣いを十円貰うことは夢みていない。」という言葉が思い浮かんだ。それでも、私の目に浮かんだ憐れみに彼が気がつくことはなかったようだ。
- 事故ってのは、予想していないからこそ事故だよな。
投稿者 黒川鍵司 : 20:17 | コメント (0) | トラックバック
2010年5月 6日
戯言
- 突然、髪が切りたくなったが、店が決まらない。こういうときこそ、Google先生ということで地名と美容院といれて検索。ずいぶんと出てきたが、どれがいいのやらさっぱり。適当にクリックすると「少々事情がありまして、只今店内に猫が居る状態で営業しております」というお店が。これだ、これしかない。でも、予約制? とりあえず電話するとあいているとのこと。「猫が店内にいるのですが問題ないですか?」との質問には「むしろ歓迎です」と回答。お店に伺うと小柄な可愛らしいアビシニアンさんでした。これからは、あの店にいくことにしよう。
- 音楽がファイル配信になった場合の一番の問題って、楽曲がばら売りになってしまって、アルバムごとのカラーとか、コンセプトを出せないことではないかと思ってみたり。
- 春はどこに行ったのかって? いや、俺に訊かれても困るよ。
投稿者 黒川鍵司 : 23:16 | コメント (2) | トラックバック
2010年4月 9日
戯言
- 「あなたの遺伝子は残すべきだと思うの。」
「......えっと......それは......俺を口説いてるってこと?」 - 色覚異常も、狂気の種も、ここで留めておくのが正解だと思うんだ。
- 父のない私に、酒の飲み方とスーツの着方を教えてくれたのはボンドで、女性や友人との接し方を教えてくれたのはグイドとマルチェロで、後続の扱い方を教えてくれたのはオビ=ワンで、生き方を教えてくれたのはエル・トポだった。
投稿者 黒川鍵司 : 22:03 | コメント (4) | トラックバック
2010年3月30日
戯言
- 自分が好きなものを集めると、結果として、自分のアウトラインを描くことになる。
- 趣味を生活に組み込んでいるのが数寄、趣味が生活を侵食しているのがオタク。
- さあ剣を捨てたまえ。もう戦いは終わったのだ。君が生きていると信じていた神話の世界はすでになく、ここにあるのは遺物を漁る人々がたてる騒音だけ。
投稿者 黒川鍵司 : 23:38 | コメント (0) | トラックバック
2010年3月22日
歴史的なその瞬間に
立ち会うことができたことに感謝。立ち会う機会を与えてくださった方に感謝。そして、アーティストに敬意を。投稿者 黒川鍵司 : 19:48 | コメント (0) | トラックバック
2010年3月14日
戯言
- 一杯の水も貰えずに死んでいった子と、学校を数日休んだ子が共に紙面を飾る。
- あるカテゴライズに属すると、一旦は安心する。しかし、次第にそこにいることに、そこにいる誰かと同じとされることに違和感を感じて、居心地が悪くなる。その繰り返し。
- ちょっとした後悔はあったけれど、昨日、「薔薇の名前」のサントラ・レコードが100円で手に入ったのは嬉しい誤算だった。
投稿者 黒川鍵司 : 19:33 | コメント (3) | トラックバック
2010年3月 7日
部屋
オーディオ用の、というより趣味のための部屋はこんな感じです、という記事をいくつかの場所で書いているのですが、こちらでも書いておきましょう。写真の技術の稚拙さについては、どうぞ、ご容赦を。
リスニング位置はこんな感じ。
アナログプレイヤーはAMAZONのSystem Amazon 2。黒のアクリルが、ラック上手く似合っているのではないかなぁとか思ったりなんかしたりして。
その他部屋の中のいろいろ。
投稿者 黒川鍵司 : 18:31 | コメント (2) | トラックバック
2010年2月28日
戯言
- 筋肉痛が翌日に出るってことは、まだ若い証拠だという意見を信じておく。
- 「苦労知らずの綺麗な手ね」と言われると、その手を相手の肩に置いて「この手で味わってきたことを、お前にも味わわせてやりたいよ」と言いたくなるのを押さえ込んで、にっこりと「ありがとうございます」と答える。
- そういや、最近CD(レコード)のレビューをしていない。そろそろまとめてやろう。
投稿者 黒川鍵司 : 11:45 | コメント (0) | トラックバック
2010年2月10日
戯言
- 見てご覧、他者には総括を強いたにもか
かわらず、自らは悔いを口にすることもなく、妥協に流れていく人々を。そして、それに続く、意思なき子供たちを。彼らを哀れむよりも軽蔑したまえ。なぜなら彼らは自らそれに甘んじているのだから。
- では、聴くのかい? それとも考えるのかい? 耳に訴えることのない音があるのだとしたら、君が耳をふさいでいるだけではないのかい?
- 繰り返せ、繰り返せ。同じ過ちを繰り返せ。それでなくては世の中はうまく行かぬ。繰り返せ、繰り返せ。同じ過ちを繰り返せ。それでなくては誰も儲からぬ。繰り返せ、繰り返せ。同じ過ちを繰り返せ。誰も真の進歩など望んでおらぬ。繰 り返せ、繰り返せ。同じ過ちを繰り返せ。
投稿者 黒川鍵司 : 22:44 | コメント (2) | トラックバック
2010年1月27日
例えば
ご飯を"作り"に来て欲しい、といわれたら、多少の食材や調味料はもっていくかもしれないし、場合によっては調理器具も持っていくかもしれない。でも、ご飯を"食べ"に来て欲しいと言われたら、デザートくらいはお土産くらいに持っていくかもしれないけれど、調味料だの器具だのはもって行かないよね。まして、「あなたの家のご飯を食べさせて欲しい」と頼んで伺うのだったら、相手の料理にけちをつけるなんてありえないでしょうし、礼儀を忘れず、敬意を持って伺うよね。
逆に「あなたのおうちのご飯を食べてみたい」と言われたとして、招いてみたら、相手が、せっかく作ったビーフシチューに、持参したケチャップをぶっ掛けて「こうするとおいしくなる」なんて言ってきたら、普通、ぶちきれるでしょ?
投稿者 黒川鍵司 : 21:38 | コメント (5) | トラックバック
2010年1月26日
バロンに関する覚書
テリー・ギリアムは、いつもどこかでタブーに挑みかかる姿勢が映画に見えるが、「バロンそこで、その原作であろう「ほら吹き男爵の冒険」を振り返ると、なんどか映画がされている。その初回はナチス政権下のドイツでの映画化だ。映画化の年は1943年、戦争のまっさなかだ。そんなときに、このような映画が作られていたのは、ゲッペルスの映画に対する態度の表れかもしれない。
そこで、ギリアムの「バロン」に戻ろう。冒頭、トルコ軍に包囲され、半壊しつつある劇場で演劇がかかっている。もちろん、出し物は「ほら吹き男爵の冒険」だ。43年の映画化を思い起こさせはしないだろうか? とすると、あえてナチズムとの関連に触れ、そのタブー視をあらわにした上で、そのタブー視ゆえに、触れにくくなっているこの物語の映画化をあえて行ったということを冒頭で宣言しているのではなかろうか?
なんて穿った見方をしたくなる。それだけ魅力のある映画だということなのだけどね。
投稿者 黒川鍵司 : 22:03 | コメント (0) | トラックバック
2010年1月20日
戯言
- 「テキサス」と言われた次の瞬間に、私の頭の中には「Texas Chain Saw Massacre」が浮かんでいて、到底、食欲には結びつかない。
- デヴィッド・シルヴィアンの「Pulling Punches」には、こんな歌詞がある。
「息をひそめ、質素に暮らす人々が、新たな宗教の下にともに集まる」
これを聴くたびに、イエスの方舟を思い出す。 - そういうわけで、ここを読んでいた。確かに、偽りの、もしくは幻想の「幸せな家族」像なるものはあったし、今もあると思う。それはソニーやパナソニックのビデオカメラのCMが提示する家族像と同一に思える。しかし、イエスの方舟が提供する、家族なり、人生像が真実かというと、これも共同幻想だろ? という気がしてしまう。ヒトラーだったか、ゲッペルスだったかが言ったという「嘘も百回言えば真実となる」がそのままという気がする。
- どうあっても、信じるということは、教育、学習、広告、その他の名前で呼ばれる洗脳によって、何かを真実と思い込む、ということでしかないのかと思えなくもない。きっとグルジェフなら「それが眠りって奴だよ」としたり顔で言うのだろうな。
投稿者 黒川鍵司 : 22:43 | コメント (2) | トラックバック
2010年1月16日
戯言
- 醜さも、客観性と想像力の欠如から生み出されるのだと、知ることができただけでも、十分な収穫といえるのかもしれない。
- スピーカーは楽器か? 変換器か? という論争があるのだが、私は後者を支持している。楽器というものは、演奏者の身体の延長上にあり、身体のリアルタイムな動きによって音を出すものだ。鍵盤を"弾く"、弦を"爪弾く"、ペダルを"踏む"といったことによって音は発生している。それゆえに一回性のものであり、演奏者の個性、身体能力が個々の差を生む。それに対してスピーカー駆動ににおいて、リアルタイムに身体動作と同期するものといえば、ボリュームコントロールくらいなもので、身体の延長上にあるとは到底言いがたい。ゆえに、もちろん楽器の共鳴を取り入れるという手法の有用性は認めるが、スピーカーは楽器ではないと考えている。
- ほとんどの人間にとっては、余暇が増大しようが、労働から解放されようが、暇つぶしの時間が増えるだけなのだ。疑問に思うならナウルを見よ。
投稿者 黒川鍵司 : 00:01 | コメント (2) | トラックバック
2010年1月 7日
戯言
- うちのPCのアンチウイルスソフトを、某社の製品から、Panda Cloud Antivirusに変えた。クラウドベースで軽量というところに引かれたのだけど、名前もパンダ、アイコンもパンダなんて素敵じゃない。ちなみに社名がパンダである理由はこちら。
- 来月か、再来月、竹中英太郎記念館に伺いたいと思っている。それにしても、このサイトの館長さんのブログは、Webの世界には珍しく、素晴らしくほのぼのとした気分になれる。
- ESOTERICによる「ニーベルングの指輪」(14枚組み)を購入。今日、「ラインの黄金」から聴き始めたが全て聴き終わるのはいつになるやら。
投稿者 黒川鍵司 : 21:56 | コメント (2) | トラックバック
2010年1月 2日
年初の徒然
元旦から風邪を引いたようで、今日は出かける予定を中止して、家に引きこもっている。やることがないわけではないのだが、鼻が詰まっててやる気がおきない。で、何をしているかというとYouTubeで、懐かしい番組をみていたりする。「今夜は最高」のコントなどは今観ても、芝居のレベルと、セットへの金のかかり方に驚かされる。ウィークエンダーのエンディングは、確かに時代を感じるけれど、いまだにとんがった部分を感じさせる。11PMのアニメーションなんて、どうということのないものではあるのだけど、子供向けじゃないという匂いは確実に漂っていた。
僕が子供のころには、大人の世界というのは確実に存在していて、今みたいに居酒屋に幼児をつれてくるなんてことが平然と行われている、なし崩しな世界じゃなかった。家族向けのレストランではビールを飲んでいる姿さえ見かけなかったし、飲む場所、もしくは歓楽街というのは目には見えない何かで峻厳に、その他と区別されていた。だから、なにかのきっかけで、そういう場所に入り込むと、いけないことしているような憂鬱さと、背伸びをして知らない世界をのぞけたような、むずがゆい嬉しさを感じたものだった。ウィークエンダーや11PMを観たときも、そんな気分だった。そういえば、11PMの生中継中に地震が起きて、朝丘雪路がスタジオから逃げ出してしまい、巨泉さんが取り残されて困ってるなんてシーンも思い出せる。
音楽と映像がガッチリと頭の中に残っていたのが、すばらしい世界旅行と知られざる世界。どちらも山本直純の作曲、指揮だと思うのだが、私がオーケストラ音楽というものを始めて体験したのが、これだったのではないだろうか。どちらを聞いても未だにワクワクしてしまう。ただ、後者については、ちょっと記憶とずれている部分がある。こんなにティンパニーが印象的な曲だったろうか? と思って、思い返してみると、あの頃、この曲を聴いていたのは一般的なブラウン管テレビ、それも19インチ以下のテレビだったはずだ。そうなるとこのような低音はまともに聞こえなかったのだろう。それゆえに記憶がないのだろう。
窓の外を右翼の街宣車が走っていく。勇ましい軍歌もドップラー効果で間抜けにフェイドアウトしていく。一方、僕の鼻は、まだ、ぐずっていて、呼吸のたびにかわるがわる音を立てている。今日はすっかり、後ろ向きの一日だけど、こういう休みもたまには悪くない。
投稿者 黒川鍵司 : 12:03 | コメント (0) | トラックバック
2010年1月 1日
明けまして、おめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。投稿者 黒川鍵司 : 00:44 | コメント (4) | トラックバック
2009年12月30日
戯言
- 放たれた銃弾は戻ることなく、池に投げ込まれた石は沈み続けるしかない。
- 性交渉だけが充実の根拠だとしたら、フタゴムシや日本住血吸虫は充実しまくりだってことになるな。
- 誰も、そう本人を含めて誰も喜ぶことがないなら、そんな趣味はやめてしまえ。
- きっと、かの人ならこう言うね。「基本だよ、親愛なる君」
投稿者 黒川鍵司 : 00:33 | コメント (0) | トラックバック
2009年12月21日
臘月祭 人形作家10人展
飲み屋で横に座った方が出展されるということで紹介させていただきます。[ 臘月祭 人形作家10人展 ]
Rougetsu-sai Doll Exhibition
Gallery 156にて開催
2009.12.22(火)~2009.12.28(月)
11:00~19:00
会場(地図):Gallery 156
それにしても、普通の飲み屋さんで、人形を作られる方とお会いするとは、これは万に一つの偶然なのでしょうか? それとも、こういうタイプの人形が一般的になったということなのでしょうか?
投稿者 黒川鍵司 : 19:37 | コメント (2) | トラックバック
2009年12月20日
戯言
- 確かにいくつかの組み合わせがありえたわけだし、その中には素晴らしいものもあったのかもしれない。でも、今となってはわからないんだよ。過ぎてしまった瞬間に戻ることは出来ないからね。
- 彼女の緑の部屋。タバコと甘いトワレの入り混じった、それでいて不快でない香り。
- 美意識なき精度の追求。それが虚飾だ。
投稿者 黒川鍵司 : 21:17 | コメント (0) | トラックバック
2009年11月21日
戯言
- シュヴァンクマイエルの描く、触感、もしくは食感が、ほとんどの場合、不快感と結びつくのに対し、クエイにおけるそれらは、常に性的な快楽に結びついている。たとえ、それが痛みや、引き攣りであったとしてもだ。
- 光過敏によるてんかんの患者の一部には、自らの手を眼の前で振ったり、瞬きを繰り返すことによって、自発的に軽度のてんかん発作を起こさせる場合があり、これは、その発作が性的快感に結びついているためだと説明するものがある。
- 性倒錯者であり、児童連続殺人者であるアルバート・フィッシュはサディストであると、同時にマゾヒストでもあり、釘の打ち込まれた板で打たれたり、性器の周辺に針を刺すことを好んだが、爪の裏に針を通す痛みだけは、快感とすることができなかったという。
投稿者 黒川鍵司 : 22:52 | コメント (0) | トラックバック
2009年11月 4日
巨星墜つ
「悲しき熱帯西欧偏重主義への批判、とかく俗流進化論的に「野蛮」「未分化」と語られ続けた「未開」なるものを、力強い「野生」とし、そこに秩序を見出した公平な視点、ソーカル事件においても非難されることのなかった誠実さ、そして、学術的でありながら詩的でもあった数々の文章。「思想」という世界に一つの潮流を生み出した最後の人物でした。
ご冥福をお祈りいたします。そして、死後の世界なんて信じているわけではないですが、メルロー=ポンティと彼が出会えますように。
投稿者 黒川鍵司 : 19:59 | コメント (0) | トラックバック
2009年11月 2日
戯言
- その駅の、ラッシュ時の係員は女性だ。理由が知りたければ地図を見よ。
- 頭の小ささに不釣合いな、大きく、そして恐ろしく左右対称の目、細すぎる身体に、やはり不釣合いな張り出した胸。彼女とすれ違うたびに「禅智内供の鼻と云えば~」と諳んじる。
- A氏が、これを指し示して「もって帰って家で聴いてみろ」と恐ろしいことをおっしゃるので、ほうほうの体で逃げ帰る。
投稿者 黒川鍵司 : 21:59 | コメント (2) | トラックバック
2009年9月30日
戯言
- PRADAのバッグたちはどこに行ってしまったのだろう? 数年前はどこに行ってもあの黒い姿を、いや、なかにはPRARAだのPRAHA(!)だのも混じっていたけど、とにかく、その姿とロゴをみない日はなかったのに。みな、クロゼットの奥底にしまわれてしまったのだろうか? とすると、日本中のクロゼットにPRADAは埋蔵、いや埋葬されているということなのか?
- 落ち着いていたい気もするのだけど、なにか別のことを始めたい気もする。
- 何か、こんな奴でも役立てそうな仕事はありませんか? 募集中です。
投稿者 黒川鍵司 : 21:01 | コメント (0) | トラックバック
2009年9月23日
グループ展 「月人間展」
グループ展「月人間展」 を見てまいりました。お目当ては、以前、こちらの記事でも触れた村田兼一さんだったのですが、他の方の作品もなかなか。忘れかけていた耽美を思い出した気がいたしました。村田兼一さんの作品は、その作品の性格もあってか、地下のスペースでの展示。屋根裏ならぬ、地下室の散歩者という具合で、作品はもとより、そのスペースも楽しませてきたいただきました。
グループ展「月人間展」は9月26日(土)まで、東京都千代田区東神田、LOWER AKIHABARA.で開催中です。
投稿者 黒川鍵司 : 20:54 | コメント (0) | トラックバック
2009年9月22日
戯言
- 今、「イージー・ライダー」を撮りなおすなら、投げ捨てるのはiPhoneってのはどうだろう。
- フーコーが生の権力を振りかざす「福祉国家」への反抗を説いたのだから、情報化を先導する企業、国家への反抗も当然、行われるべきで。
- 効率化なり、自動化なり、オフショア化なりの恩恵をすっかり享受してしまった果ては、約束の地であった余暇の増大なんかじゃなくて、技術継承の断絶と神経症の祭典だったということになると、第二のラッダイト運動が起きても不思議じゃないと思うのだけど。みんな、シリコン・ペストを待ちわびて黙っているということなのだろうか。
投稿者 黒川鍵司 : 18:51 | コメント (0) | トラックバック
2009年9月 6日
戯言
- つまり「リア充」だの「ただしイケメン
に限る」だのと、決まり文句で飾った自虐的な記事を書く人ってのは、「私はスケベ心はありますし、女性にも興味がありますが、どう接していいかわからず、相手にしてもらえないので、哀れんでやってください(できれば女性)」と言ってるってこと良いのだよね?
- 高機能障害とも思えず、その他器質性の障害も見受けられないとしたら、結論は一つしかないだろ。
- やってから言えよ。
投稿者 黒川鍵司 : 10:22 | コメント (6) | トラックバック
2009年8月16日
能力
- どこででも落ち着いているように振舞える。
- 年配の人に嫌われにくい。
- 物怖じしにくい。
これくらいしか思いつかないなぁ。
投稿者 黒川鍵司 : 20:52 | コメント (2) | トラックバック
2009年8月 8日
戯言
- 自分の音を持っているのか? と言われると、正直自信はない。しかし、馴染んだ音がここにあるのは事実だ。
- クロゼットの中で、骸骨の家族は笑い、そして回り続けている。
- ドットのノスタルジア。ワイヤーフレームのセンシュアリズム。
投稿者 黒川鍵司 : 21:30 | コメント (0) | トラックバック
2009年8月 7日
昨夜は
思い立ってふらりと、渋谷アップリンクファクトリーで行われた、日比谷カタン presents ライヴ&トークショー『対話の可能性』第5回[色っぽいキモノ ~纏って締めて、ほどける色気~]に伺いました。カタンさんの演奏を聴くのは1年ぶりでしたが、例によって、あの細い身体(今回は浴衣姿だったので、さらに細さが強調されておりました)のどこから、あのパワーが? という歌声とギターの演奏。生で聴く「逆抵牾参る」(「ウスロヴノスチ (USLOVNOSTI')
ライブ後のトークは井嶋ナギさんとの文字通りの対話形式。戦後の文化の断絶と、それ以降の「粋」の消滅というあたりには、自分が昔書いたことを思い出したりして。
次回は10/1とのこと。平日なのが玉に瑕ですが、可能な限りうかがいたいと思います。
投稿者 黒川鍵司 : 20:18 | コメント (0) | トラックバック
2009年7月22日
戯言
- 単純さ、明快さは、必ずしも「浅さ」には結びつくとは限らない。逆に、いくら物量を投入しようと、どんなに複雑な構成にしようとも、ぬぐうことの出来ない「浅さ」は存在する。
- 得られなかったものを補う行為は、その得られなかった理由が、本人の人格の問題か否かで、羨望の念を抱かせるか、嫌悪を沸き立たせるかが決まるように思われる。
- ふとカレンダーを見る。4日は銀座、11日は秋葉原、翌日も秋葉原。18日は拙宅にお客様をお招きし、19日は渋谷、20日は個人宅で試聴。24日はライブに行く予定で、その夜から翌日にかけては、つくば市へ。8月1日は小淵沢、翌2日は東村山。やりすぎな気もし始めているが、ここ数ヶ月こんな感じだ。
- 3日くらい前から、なぜかメカニカルでいて、情緒が見え隠れする音楽ばかりが聴きたくて、タンジェリン・ドリーム
、電気グルーブ
、オウテカ
がリピートされてる。
投稿者 黒川鍵司 : 22:03 | コメント (0) | トラックバック
2009年7月14日
夏ですね。
投稿者 黒川鍵司 : 23:43 | コメント (0) | トラックバック
2009年7月10日
会話
- 「なんで、お前ばっかり良い目にあってるんだよ」
「君と違って不幸にも困ってないけどね」 - 「日本人離れしてるって言われない?」
「人間離れしてるとは言われるよ」 - 「博覧強記だね」
「錯乱狂気なんだよ」
投稿者 黒川鍵司 : 23:22 | コメント (0) | トラックバック
2009年7月 8日
戯言
- スピーカーの支払いが終わりました。長かったなぁ(ノД`)・゜・。
これで晴れて自分のものだよヽ(´ー`)ノ - 「ノ・イ・ズ」と書いたとき、矢川澄子の脳裏には何が流れていたのだろう。非常階段? それともTG?
- ここを見て驚いたのだけど、試聴曲にタンジェリン・ドリームのストラトスフィア(邦題:浪漫)
が入ってる。今のステレオ・サウンドでは信じられない話だわな。
投稿者 黒川鍵司 : 20:57 | コメント (2) | トラックバック
2009年7月 5日
お悔やみ
掲載するのが遅くなってしまいましたが、以前、記事にもした「M・バタフライ」もモデル、時佩璞(シー・ペイプー)が亡くなったそうです。http://www.asahi.com/international/update/0702/TKY200907020097.html
バタフライが本当に幻となったようです。ベルトランを演じた人物はどうしてらっしゃるのでしょうか。
投稿者 黒川鍵司 : 21:03 | コメント (0) | トラックバック
戯言
- 中年を過ぎた、その飲み屋の女性店主が話したのは、昔見たというストリップのこと。積まれた100円玉を運んだり、ロウソクの吹き消したりの花電車を、見事な身振りで、ご説明いただいたお返しに、僕は、その数日前に見てきた、花園神社の見世物小屋の呼び込みのおばちゃんの真似をした。上目遣いに、居合わせた友人を、芝居がかった手振りで指し示して、「そこの外人さん! うぇるかむよ! ほら、じゃぱにーずふりーくしょーね!」
- 無いといって文句を言う前に、自分で書いてみればいいよ。
- このジャケット、かわいくありません?

投稿者 黒川鍵司 : 18:35 | コメント (2) | トラックバック
2009年6月23日
戯言
- 30年前のスピーカーが、30年前の音楽を奏でている。なんて書くと、大仰に思えるけれど、つまりは、RogersのLS3/5Aが チューブラー・ベルズ
を再生しているだけのこと。そして、メディアはSHM-CDだし、プレイヤーもアンプも30年前のものじゃない。でも、どこかにその時代を香らせているようにも思えなくもない。
- AD不足の記事。そういえば、あの子はどうしているだろうと顔が浮かぶ。
- 尊敬しえる人材がいないということが、この国らしいところなのでしょう。
投稿者 黒川鍵司 : 21:32 | コメント (0) | トラックバック
2009年6月16日
思い込み。
- 「アルルの女」のラストの明るさは、自殺という形であっても、姿さえ見せないアルルの女の呪縛から逃れられた、主人公の絶望的な開放感を描いているのだ思っていた。
- 高橋和巳の「邪宗門」のラストは松江騒擾事件を、そのまま持ってきていると思っているが、どこにもそういう話は無いようだ。
- 知れば知るほどわからなくなることがあるなんて、思ってもいなかった。
投稿者 黒川鍵司 : 20:43 | コメント (2) | トラックバック
2009年6月11日
戯言
- 本人から、作品を譲ってもらうと、その人のかけらをもらったような気になる。
- 満足な状態になったと言えそうだ。
- 目の前の女子高生が、こちらに興味あり気な視線を投げる。その視線に気がついて、彼女を眺めた僕は、首をかしげて、背を向けるに至る。なぜかといえば、彼女の下着が、ブラウスとスカートの間から見えていたからだ。蔓を描いたその柄に、どういう意味なのかと訝しんで首をかしげ、そして、そこに目を向けた自分を恥じて背を向けた。そういうわけだ。
- また、西へ。西へ行きたい。
投稿者 黒川鍵司 : 17:18 | コメント (13) | トラックバック
2009年5月27日
戯言
- 真っ直ぐ飛ぶアゲハは、きっと慰めるべき無残な死を捜している。
- そういえば、お香が切れている。買いに行かなくちゃ。
- あかねさす 日が照らしたる横顔の 奥に潜むは 誰が思い出ぞ
投稿者 黒川鍵司 : 21:36 | コメント (0) | トラックバック
2009年5月24日
手立て
- 相手が怒涛の勢いで周囲を飲み込まんばかりであれば、こちらは孤高にあろうとするべきか。ただし、孤高を周囲に宣言するようなことをすれば、その時点で無粋、恥となることは、「俺の」という言葉を乱用しながらも、誰かに賛同を得たいという心根が剥き出しの先達を見れば明らか。孤を表現するならば、「俺の」ではなく、孤ゆえの二律背反を滲ませるべき。
- いひおほせて何かある(芭蕉)
秘すれば花なり、秘せずば花なるべからず(世阿弥)
- 陰には陽、陽には陰
柔には剛、剛には柔
- おく‐ゆかし・い【奥床しい】
2 《「奥行かし」で、心がひかれる意から》奥にひそむものに強く心がひかれる。さらによく知りたい。(大辞泉 ) - となれば、どのように情感を表すか。陰影。その翳に滲ませること。チャドルの奥の瞳のように、顔のない眼のように。
投稿者 黒川鍵司 : 10:28 | コメント (0) | トラックバック
2009年5月12日
価値観の転換
あのスパイクはっと......2万7千円か。馬鹿高いってほどじゃないんだなぁ。ふんふん、次回かなぁ。あ、そういえば、あれをそろそろ買い換えなきゃなんだよな、ついでだから参考に見ていくか.......え? これ、29800円なの? あ、すいません、ちょっとこれなんですが......。
というわけで、今度の土曜日に新しい洗濯機が届きます。
投稿者 黒川鍵司 : 21:46 | コメント (3) | トラックバック
2009年4月29日
戯言
- 緋色の夢は、きっと、しずくだった頃に琥珀が見た夢。
- 鳥刺しジャンの手指は不思議。鳥籠を軽やかに羽ばたかせたと思ったら、あの人の顔を消し去った。
- 根本的な間違いは、そのレベルを「発展途上」もしくは「未成熟」であり「無垢」としたことだ。外面上見えている状態は関係性に基づくものであって、その主体の絶対的段階ではなく、線形ではないのだ。ゆえに、構造を変えることなく、主体を相互を入れ替えただけでは、結果は同じものとなる。
投稿者 黒川鍵司 : 22:58 | コメント (0) | トラックバック
2009年4月24日
新宿で
縁あって『ざ ま す か フェス』というイベントを覗かせていただきました。音楽の方は私が門外漢のジャンルだったので、何も言えないのですが、会場で絵を書いている方が何名もいらっしゃいまして、その中で、ミツイさんという方が描いている絵が気に入りました。透明感とゆがみが同時にある絵で、なかなか好ましかったので「売る気はありますか?」と訊いてみたのですが、「特に無いです」とのご返事。残念。いつか1枚欲しいなぁ。投稿者 黒川鍵司 : 22:15 | コメント (0) | トラックバック
2009年4月22日
戯言
- 漆黒に飛翔する蝙蝠。白日に落下する鴎。
- 髪を透かして見える、首筋のほくろの色香。
- 花弁に埋もれた標識、もしくは少年の白い肢。
投稿者 黒川鍵司 : 21:10 | コメント (0) | トラックバック
2009年4月15日
戯言
- これはかわいらしさの勝利という気がしますね。動かない方は僕の部屋に飾っておきたくなるくらいかわいい。
- 悪い気はしないですよ、そういうことがあったら。
- 死後の世界があるというのは、眠りに夢が存在することからの連想なのでしょうね。
投稿者 黒川鍵司 : 20:09 | コメント (4) | トラックバック
2009年4月12日
レビューと個性
CELLOというかレヴィンソンのことを調べて以降、こちらのBLOGをよく読ませていただいている。納得すること、初めて知ることも多く、オーディオということだけに限らず、様々な示唆に富み、意義のあるBLOGだと思う。ここのところで考えさせられた記事としては、「オーディオにおけるジャーナリズム(その11)」を挙げたい。オーディオ雑誌に限らず、例えばここでもよく話題にしている「夜想」にせよ、「ユリイカ」にせよ、軟化というか易化というか、少なくとも読んでいる途中で辞書のお世話になるようなことは、確実に減った。また、何度も読み返さなくては、その文章の言わんとしている構造なりが理解できないということも減った ように感じる。以前のそれらの雑誌は、それこそ晦渋な文章があふれていた。それが、一見さんお断りの雰囲気を醸し出してもいたのだけど、そこで扱われてい る事象に興味をもった人間にとっては、貴重な情報でもあったわけで、それゆえ、「解読」が必要であったとしても、それをいとわなかったし、何度も読み返す うちに、それまでは理解できなかったことが、すっと自分の中に入り込んで来るなんてこともあった。また、どういうわけだからわからないけれど、一冊の雑誌 の中のそれぞれに別のことを扱った文章に、連関を見つけ出すなんてことも多々あった。そこに掲載された詩が、特集で扱われた人物の裏書をしてるように思え たりなんてことが良くあった。いや、きっと、勝手な思い込みなのだろうけれど、そんなことが起こりえるから、隅々まで読むことになった。オーディオ雑誌も 昔のものを読ませていただくと、似たようなものを感じることがある。そして、それは書物としての重みに結びついているように思える。
ひるがえって、今という時代。情報は貴重なものとして扱いうるかどうかが微妙になっている。なにか調べたいことがあったとき、例えば、CELLOやMarantzのことを調べるとき、私が何をしたかといえば、Googleの 検索枠にいくつかの言葉を打ち込んだだけだ。そして、それぞれのページをタブブラウザ上に表示させながら、それぞれのページのことがらを時系列を頭の中で組み上げれば、それで一文になってしまった。「解読」を要したページは、ほぼ無かったし、あったとしても内容が解読を要求しているのではなく、その書き手の文章がわかりにくいだけというレベルだった。
情報というものの価値にはいくつかあるように思う。希少性、早さ、正確さなどなど。それらはネットが発達した今も変わりなく、ある情報をもっているということ、他の人よりも早く知った、もしくは他の人が知らない裏事情を知っているということは、その人に優越感を与えるものになっていて、どこぞの掲示板を ながめると、その優越感を押し付けて嫉妬を起こさせようとする人々が満ちていたりする。しかし、このような一問一答的な情報の価値は廃れるのも早い。みんなが知ってしまったら終わり。そして優越感を得るには、他者に知らせて、「君より早く知っていた」ことを示す必要があるから、優越感を得ようとすれば、情報を陳腐化させることになる。
さて、前述の雑誌たちにあった情報は、そのようなタイプのものなのだろうか。もし、そうだとしたら今、それを読んで何かしらの感銘を受けるなんてことは あるだろうか。数年、もしくは十年以上前の記事だ。そこに本当の意味で新しい情報があるとしたら、それは単なる一問一答的な情報ではなく、そこに書き手の 個性と、その個性と読み手の会話みたいなものがあるからなのではないかと、考えてみたりする。その書き手が何をもってそう書いたのか? そこに何を込めて いたのか? 彼は何を得たのか? そういったものに興味を向けるだけの働きかけが、その文章にあれば、それを「解読」しようとする読み手は新たな情報を得 る。そして、その「解読」が情報の重みを増してくれるのではないかなんて考えるわけだ。
そして、またネットにもどろう。私自身も製品のレビューや、聴かせていただいたシステムのレポートをこのブログや、その他のページで書いたりしている。書いているときに思うのだが、一定のものを取り上げ続けるのであれば、たとえばオーディオシステムのレポートを書き続けるのであれば、完全に一定のフォームみたいなもの、たとえば情報量とかS/Nといったことを項目としたレーダーチャートと、事前に決定しておいた事項によって構成されたフォームを作っておいて、それを穴埋めするというような記述方法をとれば、公正さもでるだろうし、記述も楽だ。そして、読み手がそれぞれの記事を比較するのも容易になるだろう。なのになぜそれを行わないかといえば、私が、そのようなレビューを行うには冷静さを欠いているからということになる。私がレビューしている内容は、結局のところ、その製品、システムに、どのような喜びを得たか、どのような失望を感じたか、満足を感じたのか、不満を感じたのかというレベルのことだけだ。それぞれの比較をすることもあるが、それを数値化できるほど冷静になれない。
いや、冷静になれないというよりも、そうなりたくないという思いがある。それは前述の雑誌たちによって造られた思いなのかもしれないが、どんな文章を書くにせよ、一回読んで終わりになる文章は、どうにも書きたくない。だからレビューにせよ、レポートにせよ、一定のフォーマットに収まった文章を提示したいと感じない。そのような文章を、私が書く意味が見出せない。
そう、結局のところ、私は私が書いたと言いうる文章が書きたいだけなのだ。それが個性というやつの発露になっている、もしくはサイト側で述べているような「ほの暗い情熱と奔放な本能のはけ口」というわけだ。だから、一見してすべてが理解できる文章は書けない。きっと、ネット上のレビュアーとしては失格なのだろう。それでも、読んでいただけるのだとしたら、そこに受容の喜びを見出すことも可能だろう。
と徒然に綴ってみたが、なにかを表現できただろうか? そして、読み手になにかを働きかけることができただろうか? といぶかしんでみたところで何もわからない。何が残るかといえば、「ただ書き続けるしかない」という半ばあきらめたような気持ち。ただ、それだけだ。
投稿者 黒川鍵司 : 10:40 | コメント (8) | トラックバック
2009年4月 7日
戯言
- 駅前では、いまでも搾取という構図を持ち出して「国民」やら「市民」やらに訴えているわけだけど、問題なのは、その「国民」なり「市民」なりが、時には搾取され、時には搾取する側に回るがゆえに、善なる労働者と悪なる資本家という二項対立になりきれないことじゃないだろうか。
- 子供のころの世界把握なんてものはわかりやすいもので、善なる西側と、悪なる東側というものだけだった。ベトナム戦争も、アフガンも、イランイラク戦争も全部その二つの要素で理解していた。ちょっとおかしいなと思い始めたのはフォークランド紛争あたり。あそこらへんで世界は二つじゃないし、悪も善も入れ替わると知ったような気がする。
- そんなこととはかかわり無く、今日も桜は散っている。
投稿者 黒川鍵司 : 19:37 | コメント (6) | トラックバック
2009年3月28日
M・バタフライ
クローネンバーグの映画に「エム・バタフライ内容を語るのはルール違反だと思うが、ラストのことぐらいは書いてもいいだろう。ジェレミー・アイアンズ演じるルネ・ガリマールが白塗りの顔に、安っぽい黒髪のカツラを身に着ける。どう考えたってかっこいい姿じゃないし、普通に見たら笑ってしまう。しかし、このシーンにあるのは滑稽さではなく、悲愴さで、「私はルネ・ガリマール、またの名を蝶々夫人」と宣言するに至って、その悲愴さ頂点に達する。
言うまでもなく、この映画ではプッチーニのオペラ「蝶々夫人」が伏線となっている。「蝶々夫人」は、西洋人のピンカートンの嘘を信じ、「ある晴れた日に」彼が帰ってくることを信じ続けた蝶々が、ピンカートンの裏切りの果てに、二人の間に生まれた子を残して自害するという筋書きになっている。ガリマールが自らを蝶々だと宣言した瞬間、この筋書きが逆転していたことを思い知るわけだ。「バタフライ」という女性を求め続けた彼が、実は裏切られ、自害に果てる「蝶々」だったということに。
ウィキペディアの「蝶々夫人」の項を読むと、実際のモデルは誰なのかという話が出てくる。有力視されるのはグラバー邸で知られるトーマス・ブレーク・グラバーの妻であったツルだという。
これは彼女が長崎の武士の出身であることや、「蝶」の紋付をこのんで着用し「蝶々さん」と呼ばれたことに由来するとのことだ。しかし、もちろんのことながら、ツルは自害などしてない。同項によれば「夫に裏切られて自殺をした女性の記録は皆無」ということだから、やはり「蝶々夫人」は西欧人にとっての幻の東洋女性像だったということになるだろうか。
そして 「蝶々夫人」では上述のとおり、ピンカートンと蝶々の間に男の子が生まれているわけだが、グラバーとツルの間にも男の子がいた。英名トーマス・アルバート・グラバー、日本名、倉場富三郎。以前紹介したグラバー図譜の編纂者だ。長崎の実業界にて活躍した人物だが、第二次大戦時は混血であったがゆえに官憲のきびしい監視下にあったという。そして、終戦直後、彼は自殺してしまう。
現実の世界では、「蝶々夫人」ではなく、その息子が自ら命を絶つこととなった。
投稿者 黒川鍵司 : 12:11 | コメント (2) | トラックバック
2009年3月25日
戯言
- 現状の日本の製造業派遣が「蟹工船」なのだとしたら、世界にとっての「蟹工船」は中国だと思うのだけど、その国が、あの小説の中で希望とされた社会主義の国だってのが、なんともいえないなと。
- 「品」か。自分に一番足りてないものが、使っている装置の特徴になるというのは皮肉なもんだと。
- 読まないから分からないのか、分からないから読まないのか。どちらにせよ、近づきたくないなと。
投稿者 黒川鍵司 : 21:09 | コメント (0) | トラックバック
2009年3月14日
村田兼一個展
以前、DVDを購入させていただいた村田兼一さんが、京都で個展を開かれるそうです。村田兼一写真展「書架庫の夢魔」行きたいのですが、ちょっと遠いなぁ。お近くの方で、ご興味をもたれたら、こっそりと覗いてみてはいかがでしょうか。
写真作家 村田兼一が2009年4月14日~29日、ライト商會ビル二階ギャラリー(京都市中京区寺町三条下ル)にて写真展「書架庫の夢魔」を開催致します。「死と再生」をテーマとしたエロティシズム溢れる作品を展示(プリント28点とボックスアート数点)。モノクローム写真に、手彩色を加える古典技法を用いている。会場となるライト商會は、明治・大正期の骨董を中心に扱うアンティークショップ兼喫茶店。2009年春、ビル二階をギャラリーとして展開する。
日時:2009年4月14日~29日 (月曜日休廊) 12時~19時まで
場所: ライト商會ビル二階
〒604-8036 京都府京都市中京区寺町三条下ル一筋目東入ル 電話 075-211-6635
地図
http://murata.main.jp/schedule.html
投稿者 黒川鍵司 : 16:36 | コメント (0) | トラックバック
2009年2月17日
戯言
- 今年もカラス天狗な季節です
- あの家はまさに彼の心象風景。一見、普通に見えても古いものが溜まりに溜まり、そして地下は荒れ果てている上に、じめじめとしている。そして彼は蛾や蝶ではなく、それらに憧れる狩人バチなんだ。だから、芋虫のような体型の女性を、自分の巣穴に引きずり込んで餌食にして、その皮をかぶることで蝶になること、そのさなぎになることをコンセプトとしてもっていたわけだな。だけど、芋虫には恐れられる狩人バチも、鳥には勝てない。たとえ、いわゆる「鳥目」を利用して真っ暗闇にしたとしてもムクドリには勝てなかったんだ。何の話かって? これ
のことだよ。
- 今回の「夜想
」も、ちょっと期待はずれでした。「耽美」の号が良かっただけに2号続けて残念。
投稿者 黒川鍵司 : 19:37 | コメント (0) | トラックバック
2009年2月11日
お祭りの手伝いをしてきました。
もう5年以上になるのですが、今年も茨城の北斗寺の「星祭」のお手伝いをしてきました。
このお祭りは旧暦の1月7日に催されるため、毎年、時期が変わります。たいてい、恐ろしく寒いのですが、今年は天気にも恵まれ、梅がほころび始めていました。
今年は開催日が休日ということもあって、露天などもなかなかの賑わいです。
本堂では1時間おきに護摩がたかれます。

護摩焚きが終わった後に、こちらで霊符を受け取ります。

「手伝いって何してるの?」
という質問をいただくかと思うのですが、たいしたことはしていません。火鉢に入れるための炭をおこしたり、護摩焚きの終わった「おふだ」(かなり大量)を運んだり、総代さん(つまりスタッフ)たちの食事の用意をしたり、その他雑事全般をしています。朝が早くて(午前五時ごろから開始、なので4時起き)、前日入りというのが大変なところでしょうか。お祭りは夕方5時前後まで続き、片付けetc.をしていると6時くらい。その頃にはぐったりです。
なお、今回撮った写真のベストショットは「作務衣を着て、りんご飴を食べつつ、おみくじを売る少女(中2)」だったのですが、プライバシーの問題でWebには掲載出来ません。まことに申し訳ありません。
ちなみに、このお祭り、来年は2月20日(土)開催です。お近くの方は、ぜひどうぞ。
投稿者 黒川鍵司 : 08:46 | コメント (2) | トラックバック
2009年2月 1日
戯言
- 思い出したいくつかのことと、思い出したいと願っているいくつかのこと。当然のことながら、僕はそれが区別できずに、その狭間をたゆたっている。
- 3歳だった子が、今は中学2年。そら、おいらも歳をとるさ。
- そら、天竺まで飛んでいけ。
投稿者 黒川鍵司 : 21:24 | コメント (0) | トラックバック
2009年1月19日
昨日は
御呼ばれしたので、この試聴会に伺いました。
この機器が今日の主役です。


司会は厚木さん。私に15ΩのオリジナルRogers LS3/5aをお世話してくださった方でもあります。

OCTAVE社社長にして、設計主任のアンドレアス・ホフマンさん。見た目よりも低いバスヴォイス。いい声なのに、寡黙で控えめな方でした。ドイツの職人気質なのでしょう。手もモノを作る人の手だなぁと思いました。

投稿者 黒川鍵司 : 22:12 | コメント (4) | トラックバック
2009年1月17日
デジカメを買いました。
ニコンのS210というデジカメが、フジヤエービックさんで安かったので買いました。とりあえず、室内でフラッシュなしで撮ってみました。


軽量で持ち運びしやすいのですが、その分、ぶれやすさがあるようです。また、室内はあきらかに光量不足なので、こんな感じになっちゃいました。
これからは、行った場所の写真などを掲載できれば良いなぁと思っています。
投稿者 黒川鍵司 : 17:47 | コメント (3) | トラックバック
2009年1月 1日
謹賀新年
というわけで、本年もよろしくお願いいたします。
投稿者 黒川鍵司 : 00:06 | コメント (6) | トラックバック
2008年12月24日
クリスマスに
- もう日本でもおなじみだと思いますがNORAD(北アメリカ航空宇宙防衛司令部)が、今年もサンタさんを追跡します。ご存じない方は以下のリンクからどうぞ。
- 僕は今年も、ひっそりとしたクリスマスです。
- クリスマスが間近だと、彼女は気がついていたのですかね。
投稿者 黒川鍵司 : 19:30 | コメント (0) | トラックバック
2008年12月15日
戯言
- 意識は、知覚できるものを取捨選択する。この、いわゆるバッファは、精神のコアがすべての知覚をダイレクトに受け入れ、その処理に戸惑う、もしくはオーバーフローを起こすことを防止するための安全装置だ。仮に、コアが、すべての知覚を処理しうる能力を有しているならば、この安全装置を設ける必要はない。ゆえにHAL9000が意識を持つ必要はない。
- 私が、ウニカ・チュルンについて知っていることといえば、ベルメールの恋人であったということ、いくつかの文章とデッサン、細い縄をくい込ませた裸体の写真、精神病、生の追手をすり抜けて窓から身を躍らせたということ。これくらいだ。
投稿者 黒川鍵司 : 20:30 | コメント (0) | トラックバック
2008年12月14日
お悔やみ
今もアイコンとして数々の場所で、その姿を目にするベティ・ペイジが亡くなりました。あの笑顔が大好きでした。
彼女を、ご存知でない方は以下の動画をどうぞ。
Bettie Page & Tempest Storm, Teaserama
メイドさんがベティ・ペイジで、女主人はテンペスト・ストームです。
もし、ご興味があれば、以下の晩年のインタビューも。
REAL Bettie Page TV Interview - Her Life In Her OWN Words
ご冥福をお祈りいたします。
投稿者 黒川鍵司 : 10:17 | コメント (2) | トラックバック
2008年11月17日
戯言
- 薄手のコートを羽織って、品川のビルの狭間を早足で歩いていると、SFの登場人物にでもなったような気がする。もちろん、デッカードにも、ニコポルにもなれないけれど。
- 先日買った椅子が、思いのほかすわり心地がいい。送料込みで5000円はお買得だった。
- 自室で嗅ぐ、コーヒーのドリップの香りは、何かを落ち着かせてくれる。
投稿者 黒川鍵司 : 20:48 | コメント (0) | トラックバック
2008年11月 1日
戯言
- こんな美しい図版が見られるサイトが増えてほしい。
グラバー図譜 - 「音を聴かずに音楽を聴け」という怒る人をネット上で見かけるけれど、きっと、その人の家では音楽は聴こえていないから、音を聴かれてしまうのではなかろうか、と想像したりする。
- 4年越し、そう、4年越しだ。
投稿者 黒川鍵司 : 17:28 | コメント (2) | トラックバック
2008年10月12日
昨日は
午後になって出かけることにしました。
まずは、お気に入りの画家である松岡佐智子さんの個展を見るために外苑前に。なんか、私には場違いな街並みだったのですが、ダイレクトメールに書かれた地図を元に歩いていくと、住宅地に。ここであってるのかな? と思いつつ進んでいくと、地図に「江石邸」と書かれています。個人宅が目印ですが......。というわけで、家々の表札を見ながら歩くという、いささか怪しい行動をとりつつ、なんとか会場へ。
たどり着いたのですが、本当にここでいいのかなぁと悩む雰囲気。意を決して、中にはいり、スリッパに履き替えて階段を登っていくと、まるで、どなたかのお宅に訪問したような感覚を漂わせた空間がありました。
このような空間に松岡さんの作品は似合わないのではと、一瞬思ったのですが、意外と溶け込んでいてびっくり。また、今までの作品とは違った方向性の作品が生まれていたのも興味深いところでした。元々、ビアズレーを思わせる人物画が多い方なのですが、ジャクソン・ポロックを連想させる抽象画にも挑戦されて、なのにビアズレーもジャクソン・ボロックの直接的影響を受けておらず、技法などについてもほぼ独学というのが、いつもながら驚かされます。また、非常に個性的な額に合わせてかかれたという作品群があり、確かにその額を彼女の世界観に取り込んだものとなっておりました。今後の展開が楽しみです。
そして、松岡さんご本人、この会場のオーナーである木戸さんと、お茶を飲みつつ、作品に囲まれつつ、しばし歓談させていただきました。ああ、こういう時間があるから私は生きていられるのだなぁと実感したりして。
松岡佐智子個展「思考と絵画」はギルド・アートスペース「游」にて、10月18日まで開催されています。会場にたどり着くまでの道順も楽しみつつ、訪れていただければと思います。
「游」さんを後にして、駅に向かう途中、ふと、以前雑誌に紹介されていたお店に行ってみようと思いつきました。そうしてたどり着いたのが音楽カフェ Blossomさん。タンドリーチキンをつまみつつ、ビールを頂き、聴かせていただいた音楽は、まさに軽やか。こう書くと軽佻浮薄と思われてしまうかもしれませんが、それとは正反対と言ってもいい落ち着きがあります。それでいて低域が軽やかなので、高域も丸まっているわけではないのに突き刺さることがありません。これだったら何時間でも聴いていられそうです。
つい悪い癖で機材についてオーナーさんに質問すると、笑顔で詳細なご説明をいただきました(こちらにも説明があります)。趣味の話題というのは、年齢差を軽々と越えてしまうから楽しいですね。
というわけで、ほろ酔い気分で帰宅。よい休日でした。
投稿者 黒川鍵司 : 11:13 | コメント (2) | トラックバック
2008年9月28日
戯言
- 踊る人を観るのは楽しいけれど、踊らされる人を観るのは悲しい。
- 得ると失うのが怖くなる。なんであれ、どこであれ、だれであれ。
- 政治と趣味は絡めないほうがいいと思うんだ。そういうのは新橋のガード下で、野球の結果と、ゴルフのスコアと、年金の取り分を心配している連中に任せればいいと思ってるんだ。
投稿者 黒川鍵司 : 15:16 | コメント (0) | トラックバック
2008年9月15日
戯言
- ルッツ・ウルブリッヒという人は、アシュラにおけるパトリック・ゴーティエだった、なんて書いても何も伝わりようがないだろうが、つまり、どうしても職人的な細密さに進んでしまいがちなマニュエルに、ポピュラーさを留めること、その軽やかさを保つことの重要さを印象づけた人物なのではないかと思う。
- その人物の曲だからこそ、ニコのすさみ、荒れ果て、殺伐とした歌声は、するりと聴き手の耳に入り込んで、その荒涼とした風景を突きつけるだけの説得力を持っている。
- ニコは、その時代というバターを切り取ったナイフみたいなものだ。ナイフは相手がバターであるが故に、その刃を馴染ませ、密着させた。時代はそれがバターであるが故にナイフによって、その滑らかな切り口、断面を露にした。
- そして、その断面とは、ブライアン・ジョーンズであり、ボブ・ディランであり、アンディー・ウォーホールであり、ルー・リード、ジョン・ケイル、ジム・モリソン、ジミー・ペイジ、ケヴィン・エアーズであり、フィリップ・ガレル、アラン・ドロンであり、ルッツ・ウルブリッヒだった。
投稿者 黒川鍵司 : 00:37 | コメント (0) | トラックバック
2008年8月29日
戯言
- バスの車窓から見かけた、その女の子は、黄色の長靴に黄色のかさ。雨は降っていないのにさした傘をクルクル回しながら、楽しげに何か歌っていた。
- 感性に頼り切れるのは、相当なレベルの人だけでしょうね。
- 非差別者にとっての希望は、差別者にとってのテロルとなる。
投稿者 黒川鍵司 : 21:58 | コメント (2) | トラックバック
2008年8月23日
戯言
- 美という認識は、場所、文化、個人の体験の中で時間経過とともに、いや、刻一刻と、毎秒ごとに変化しているのは言うまでもないことだ。それゆえに、その形状、比喩的なそれは、揺らぐように、いや高熱にうなされるように震えている。つまり、美は常に痙攣している。
- 「万有を知ることが最上の美である」というキルヒャーの著書物の扉絵に描かれた言葉は、彼が天動説の中に生きていたが故に説得力を持つ言葉だったのだろう。しかし、それが斥けられた現代で、天動説に信を置いたとして、生活上、何かしら障害があるかと考えてみると、ほとんどないと答えざるを得ないことに驚かされもする。
- 私が苛立つ文章というもののは、テンポ悪く、陳腐な言葉で事実を並べ立て、何ら客観性を持たず、自己批判もないままに、手垢のついた感想を最後に書くというタイプのものだと気がついた。
投稿者 黒川鍵司 : 23:40 | コメント (0) | トラックバック
2008年8月10日
戯言
- いわゆるテレビ放送を観ない生活をはじめて、5年くらいになるが、致命的に困るというようなことはおきていない。強いて言えば、災害時の速報が、Web経由だとどうしても多少遅れることくらいか。それでも、生活全般に支障がでるわけではない。
- そういうわけなので、NHK料金は払っていない。不払いではなく、正式に契約を廃止している。廃止に至るまでは、ちょっと面倒だった。
まず、集金に来る方に「アンテナケーブルを外して放送を観なくなる予定なのですが、料金の支払いはどうなりますか?」と尋ねると、領収書に書かれた電話番号で確認してほしいとのこと。電話してみると若い男性がでる。そして、「ケーブルを外しても受像機があるる限りは支払いが必要」という。「DVDしか観なくても支払いが必要ということ?」と尋ねると「受像機がある限りは......」と答える。どうも「受像」がポイントのようなので、こう切り返した。
「では、テレビ側のアンテナを接続する部分を不可逆的に破壊してしまえば、受像機ではなくなりますね?」「いや、それは......」「破壊した場合は何か証明が必要ですか?」「いや、そんな必要は......」
明らかに困り始めたので、ダメ押しすることにした。
「その不可逆の破壊の結果、テレビの動作に問題が出た場合はNHKさんが補償してくれますよね?」
若い男性は意を決したように「あらためて地域のNHKより電話させます。明日以降になりますが、よろしいですか?」という。こちらは了承。果たして、翌日電話が来た。今度は年配の男性だった。
「DVD視聴専用ということであれば、料金を頂くわけには参りません。契約廃止届けを送付させていただきますので、そちらに記載の上、返信してください。」
話は前日とは比べ物にならないくらいスムースに進み、すでに支払っている料金の返還まで、申し出された。
そういうわけで、正式に廃止になっている。
投稿者 黒川鍵司 : 09:46 | コメント (8) | トラックバック
2008年8月 1日
戯言
- いつものように見えないそれを、いつものように聴こえぬそれを。
- 理解と翻訳は近いが別物。
- 成女式の装いの娘は、確かに美しく、頭に猿の子を乗せた娘は、確かに愛おしかった。
投稿者 黒川鍵司 : 00:01 | コメント (0) | トラックバック
2008年7月16日
戯言
- あの蝶を、もう一度見たい。
- 動けば動くほど、聴けば聴くほど、見れば見るほど、世界は広がってゆき、つながりの網の目は細かくなって行く。
- 蜘蛛の子を殺すのが忍びなくて、苦心して捕まえて、外に逃がした。
投稿者 黒川鍵司 : 20:40 | コメント (2) | トラックバック
2008年6月22日
戯言
- 激怒などせずに、いっそ、スラッシュメタルのバンドに歌われるくらいになればいいのに。
- 楽しむことを忘れてしまった人は、象牙の舟に銀のかい、月夜の海に浮かべれば、忘れた音楽を思い出す、かな?
- あの温度。確かに覚えている。
投稿者 黒川鍵司 : 19:08 | コメント (0) | トラックバック
2008年6月 7日
今日という一日
洗濯やら、洗い物やらを終え、13時の待ち合わせに向けて、銀座に出発。待ち合わせ場所はアップルストア3F。芸術学部4年生と落ち合って、F君がバイトしているイタリア料理店に。ついこの前まで高校生だったF君も、制服も似合っていて、なかなかしっかりとした応対。ケーキのサービスまでいただき、同行者も大喜び。F君ありがとう。すっかり、大人びた君を見られて嬉しかった。
続いて、本日のメーンの画廊めぐりへ。まずはgallery銀座フォレスト・ミニへ。このギャラリーのあるビルが凄い。エレベータのドアが手動式。階段にせよなんにせよ、アンティークの趣き。そんな中にギャラリーが20軒以上。ぜひ一度行くべき。アクリル素材やタイルを使った蛭澤敬さんの作品をみせていただき、その他のギャラリーも巡り、松岡さんともお会いできました。
つぎに、ヴァニラ画廊へ。緻密に書き込まれた鉛筆画には気が遠くなる思い。作者の西牧徹さんは、とても誠実な方でした。ベルメールや、モリニエ、バタイユなんて名前がでてくる会話を久々にさせていただきました。
続いて、銀座ギャラリー向日葵にて、高橋真琴さんの個展。私の部屋にも彼の天使のポスターがあり、オーディオを試聴された方は全員みてらっしゃいます。同行者が販売物を購入したおかげで高橋先生とも少しだけお話しさせていただきましたが、優しさがにじみ出てらっしゃいました。
そのあと軽くお茶を飲んで、同行者とお別れ。僕の方は秋葉原へ。
馴染みのオーディオ店で、ある機器の状態を確認させていただき、商談がまとまりました。そのあと、常連の方と新しいスピーカーの試聴。中域〜低域がすばらしく、ボーカルの説得力がたまらない、なんて話をおりまぜつつ、オーディオ談義。そのままでは終わらず、結局、お店の方を巻き込んで、鳥料理店へ。
これが絶品。秋葉原であんなに美味いものが食べられるなんて。ひとしきり、食事と会話を楽しんでお会計......おごっていただいてしまいました。本当に恐縮の限り。
嗚呼、なんと充実した休日。こうして毎日が過ぎて行けば良いのに。
まあ、そうはいきませんけどね(笑)。
投稿者 黒川鍵司 : 23:17 | コメント (2) | トラックバック
2008年5月31日
戯言
- 購入した絵が届きました。なかなか良い感じ。デジカメとかいったものは持っていませんので、ご覧になりたい方は拙室へお越し下さい。いまなら、お好きなCDを聴きながらご覧いただくサービス付きです。
- この場合は、どのような対処に出るのかが見物です。
- 調整調整、また調整。
投稿者 黒川鍵司 : 10:55 | コメント (9) | トラックバック
2008年5月22日
戯言
投稿者 黒川鍵司 : 20:25 | コメント (4) | トラックバック
2008年5月16日
人形の瞳

昨日、街を歩いていると、ギャラリーの中に、Pullipと思われる人形の写真が掲げられていました。好奇心で、中に入って近づいていくと、その人形の瞳に映っていたのは......。人形の瞳を通して、それらと向き合ったとき、この個展のタイトル「見ザル。言わザル。聞かザル("See no Evil, Speak no Evil, Hear no Evil,")」が、重みをもって浮かび上がりました。
リディア・ヴェニエリの日本初個展「見ザル。言わザル。聞かザル」はGallery Terra Tokyoにて6月24日まで開催中です。
投稿者 黒川鍵司 : 06:13 | コメント (0) | トラックバック
2008年5月12日
戯言
投稿者 黒川鍵司 : 21:01 | コメント (0) | トラックバック
2008年5月 6日
昨日は
- 拙システムの試聴のお客さまがあり、秋葉原で待ち合わせ。ご購入予定の製品についても簡単に見ていただき、食事をして、拙住居でシステムをお聴きいただきました。ちなみに、この連休、3人目の試聴のお客様。ひとしきり聴いていただいた後は、音と映像について、なかなか興味深いお話をお聴きすることができました。ご来訪、ありがとうございました。
- 夜は日比谷カタンさんのライブを見るために、浅草橋パラボリカ・ビスへ。開場時間よりも、少し早めについて野波浩さんの写真を眺めていると、 芳名帳が目に入りました。
「あ、あれ?」
見知った名前がありました。住所もS市なので間違いなし。
「あの人、いつ来たんだ?」
と思って、辺りを見渡したら、ご本人がいらっしゃいました。このOさんとは、学生の頃、ボランティアで行った神戸で知り合い、お互いプログレ好きと判明し、何度か一緒にライブに行ったり、会場で偶然会ったりしていたのですが、ここでもお会いするとは。久しぶりなので、すっかり話し込んでしまいました。
- そして、ライブ開始。あの今野裕一さんに蝋燭を渡されて、中にはいると恋月姫さんのビスクドールがカタコンベを模して並べてあります(会場の雰囲気については、蝙蝠★通信♪さんをご覧ください)。この雰囲気でカタンさんは、どう演奏するのだろうと興味がわいたのですが、時に煽りあげ、時に静けさをつくりだすギターに、七色変化の声という、以前見たときと同じスタイルが、この会場に似合っておりました。MCついては実際にカタンさんのライブに参加した人だけのお楽しみなのですが、みんな声をあげて笑っておりました。
音響的には低域のハウリングが目立ち最良のものとは言えませんでしたが、お客さんの人数的にも、会場の雰囲気的にも、親密さがあり、満足感の得られる良いライブでした。 - 終演後、いつ出たのか知らなかったセカンドアルバムを買うために会場二階へ。まだかなぁと思いつつ、階段を覗いたらカタンさんと鉢合わせ。
「あ、えーっと黒川さんですよね?」
「よく覚えてますねぇ(笑)」カタンさんと知り合ったのは、今をさかのぼること4年位前に、Kimmo PohjonenとSamuli KosminenのKlusterと、現キング・クリムゾンのPat Mastelottoと元キング・クリムゾンのTrey Gunnのユニットのライブで、前座をされたとき。このライブの打ち上げに、どういうわけか私も参加して、お互いに共通する趣味の話題で盛り上がったという不思議な経緯でありました。今回も楽しくお話させていただきました。
投稿者 黒川鍵司 : 11:10 | コメント (0) | トラックバック
2008年5月 4日
ご本人から
先日、記事でもふれさせていただいた松岡佐智子さんの個展なのですが、「ネット上に作品がなくて紹介できないというのがもどかしい」と書いていたら、ご本人から作品の写真をお送りいただきました。
掲載の許可もいただきましたのでご覧ください。

ちなみに私が購入したものとは別の作品です。
投稿者 黒川鍵司 : 21:19 | コメント (0) | トラックバック
2008年5月 3日
戯言
- H.R.ギーガーの絵のTシャツを着て歩いていたら、近所の小学生に怖がられた。
- 明日はゆっくり洗濯したいなぁ。
- 嫌いなものは......そうだなぁ、漬け物と、自分たちのことしか考えないぬくぬくとした家族連れと、退屈な美しさかな。
投稿者 黒川鍵司 : 23:41 | コメント (0) | トラックバック
2008年4月26日
その問題に関して。
時事問題を語るのは好きではないのだけど、とりあえず、断章的なことだけは書いておこうかと。
我々は中国を含む東南アジアの人々をStyxの"kilroy was here"のミスター・ロボットのように"使用"しているのではないだろうか。いわゆる"価格破壊"は彼らの存在なくして、存在しなかったはずだ。その証拠に、ほとんどの価格破壊製品は中国などで生産されている。
でも、彼らに「価格を下げてくれてありがとう」と感謝を述べる人はいない。なぜならロボットに感謝など不要だからだ。
ロボットには感情もないし、ただ作るだけだ。だから安くはなるが、そこにクラフトマンシップない。量産するだけだ。それに感謝など必要ない。安く買って消費すればそれでいいのだ。
本当にそうなのか? 彼らはロボットなのか? いや、そうではない。彼らは人間で、生活があり、家族があるはずだ。
そうして、彼らを人と認めたとする。いわゆる人権だ。
結果、いままでの生産物の安価さは存在しなくなる。その安価は結局、人材、人件費の格差を利用したものに過ぎず、それぞれが平等となれば、大きな格差は存在しなくなる。
つまり、中国に人権問題の解決を求めるなら、いままで享受した安価な生産物が得られないことを覚悟すべきだ。格差によって得てきたものをそのまま得ること欲しながら、全世界の平等を求めるのは真の意味で偽善だろ?
私が言えるのは、ここまで。
投稿者 黒川鍵司 : 21:16 | コメント (2) | トラックバック
2008年4月20日
電車の中三題
今日は以前このブログでもふれた松岡佐智子さんの個展を見に、原宿のReissueさんにいって参りました。原宿なんて、こんなことでもないと行くことがない街なのですが、落ち着きのないイメージのあの街とは打って変わって、長居できるお店での個展でありました。26日(土)まで、開催しているそうですので、ご興味のある方はぜひ。
さて、そういうわけで、今日は結構電車に乗っていたのですが、冗談みたいなことが立て続けにあったので記事に。
- 横にちょっと派手目なお姉さん、20代前半かな? 化粧もばっちりで、グロスが光ってる。だけど、バッグのそこに髪の毛がへばりついているのはいかがだろう。と思ってると横に座って、メールを打ってる。そちらの方をちらりと向いたらメールの文章が目に入った。
「今日の婦人科は.....」
え? とおもって思わず二度見したら
「いままでずっと生で大丈夫だったし......」
お姉さん、確かに読んでしまった僕がいけないと思うのだけど、そういう内容打つのだったら覗き見防止シール貼ってください。お願いします。 - スカルキャンディの白いヘッドホンをした小柄な女の子が乗ってきた。同じくヘッドホン(こっちはHD-25)をした私の横に座る。おお! ヘッドホン娘! と思ったのだけど、あれ? なんで座ると、おいらと座高一緒なの? なんか無意味に申し訳なくなって背筋をのばして、自分の座高を高くしました。
- 帰りに寝てしまって、横の人に寄りかかってしまっていました。ふと目覚めたときに気がついて、「あ!すいません」と謝って身を引くと、相手はなかなか綺麗な女性。うわぁ、申し訳ないとおもっていたら、相手からの返事が。
「いいえ、どうぞ」
ど、ど、どうぞ???
「では、お言葉に甘えて」なんて出来る訳なく、一気に眠気が覚めました。
はっ! もしやそれが彼女の狙い?!
投稿者 黒川鍵司 : 21:23 | コメント (10) | トラックバック
2008年4月16日
その町
その町の名前は、その地域の神社などに残るだけで、地図を眺めていても見落としてしまうかもしれない。最寄駅から、10分から15分ほど歩くと、以前その名前を冠していた区画に出会う。漆黒の水が満たされていたという堀は、今はないが、四角い区画配置から、堀があっただろう場所を思い浮かべるのは容易だ。
「石鹸の匂いがする」
そういうコメントを冗談だと思っていたのだが、本当に香ってくる。ただし、住宅地でかぐ、その匂いとは違って、安心とか安らぎといったものには結びつかない。各店舗はどれも似たようなたたずまいだが、洋風なもの、現代風なもの、時代がかったもの、(擬古的な)和風というようなカラーは存在している。奇妙に思ったのは、呼び込みがまったくないことだ。店の前にスーツの、しかし、サラリーマンのそれとは明らかに違った雰囲気をかもし出している店員がいるが、私に声をかけようとはしない。歩いていて見かけたのは、黒い高級車による送迎。店頭のスーツたちはそれを出迎えるために立っている。しかし、どこからの送迎なのだろう? 時間はまだお昼過ぎ。最寄駅などから店に連絡するのだろうか?
しばらく歩くと、喫茶店がいくつかあった。歩きつかれもしているので、コーヒーでも飲もうかと思ったのだが、普通の喫茶店とは明らかに違う。先ほどの店頭ではまったくなかった呼び込みされた。なぜに喫茶店で呼び込み? 意味がわからず、つい「ここは普通の喫茶店ではないのですか?」と、店先のお兄さんに訊いてみると、親切に教えてくれた。ここでは飲み物を飲みながら、提携する店舗での人員の空き状況などを写真つきで確認できる、つまり、品定めのための喫茶店なのだ。そして、話がまとまれば、先ほどの黒い高級車が迎えに来るという次第。送迎の謎が解けた。
せっかく、謎解きもしてもらったので、こちらにお世話になろうかとも思ったのだが、あいにくふところが寂しい。お礼を言って、もう少し歩いてみる。店舗によっては店頭に金額が提示してある。パラパラと見て行くと店舗ごとに金額の差がかなりある。何をもっての価格差なのかよくわからない。知るためには、いくつかの店舗にご厄介になるしかないのだろう。
そうこうしつつ、その町を後にした。町をでると急におなかがすいて、目に入ったインド料理屋に入って昼食にした。
投稿者 黒川鍵司 : 20:19 | コメント (2) | トラックバック
2008年4月13日
戯言
- これと、これなんだけど、このタイトなパーカッシブさは、今聴いてもかっこいいと思うんだ。ボーカルは最低だと思うけどさ。
- そして、僕の頭の中では混乱していて、秋田昌美と灰野敬二と裸のラリーズが一緒くたになっていて、ニール・ヒルはスージー・スーと混ざって、ゴス少女になっていて。
- そういえば、秋田昌美についてはライブに居合わせたことがある。リシャール・ピナスの前座だった。灰野敬二は新宿の喫茶店で打ち合わせしてるのを見たっけ。ラリーズに関しては何も接点がない、なんて書くといかにも過ぎるよな。
投稿者 黒川鍵司 : 19:47 | コメント (0) | トラックバック
2008年3月27日
戯言
- あちらには既に書いたのだけど、パワーアンプ用に中村製作所のNSIT-1000plusを導入。久々の大ヒット。いや、ホームランと言っても良いかもしれない。もっと早く導入すれば良かった。
- 女性の書く文章には、共感を感じにくい。それが比喩表現に満ちていればなおさら。でも、彼女のものは別。嫉妬すら感じる。素直に認めるよ。僕の負けだ。不肖の兄を許しておくれ。
- 6月。そう相変わらず、いつまでたっても落ち着きがないんだよ。
投稿者 黒川鍵司 : 21:04 | コメント (7) | トラックバック
2008年3月21日
戯言
- 今回のように、宣伝になるはずのものが、それを貶める結果となってしまうというのは、正直、よくあることだ。問題なのは、その宣伝のためにとった方法があまりに稚拙であったことと、信用を回復できるチャンスを、自らことごとくつぶしてしまったことだ。おそらく、もう手遅れだ。
- 薄雲の向こうに、冷え冷えと照る、弥生の月
- 沈黙していても、できることはあるはず。ささやかだとしても。
- 問。猿楽の勝負の立合の手立てはいかに。
答。これ肝要なり。先ず、能數を持ちて、敵人の能に變りたる風軆を、違えてすべし。序に云う「歌道を少し嗜め」とは、これなり。(中略)敵方の色めきたる能をすれば、閑に、模様替わりて、詰所のある能をすべし。
−世阿弥「風姿花伝」
投稿者 黒川鍵司 : 21:34 | コメント (0) | トラックバック
2008年3月18日
先入観
近所の飲み屋のマスターとの会話。
「あ、それiPodですね。」
「ええ、ちょっと古いタイプですけどね。」
「それでおいくらくらいなんです?」
「いや、実はこれ貰い物なんですよ。友達の高校生が〜〜〜っていうわけです。」
「へー、じゃあ、その彼女は......」
「男の子ですよ!」
投稿者 黒川鍵司 : 21:44 | コメント (4) | トラックバック
2008年3月10日
戯言
- 振り返って虚しくなる。
- 「理路整然と話しますよね」と言われて驚く。
- そろそろ、最終局面か?
投稿者 黒川鍵司 : 21:07 | コメント (0) | トラックバック
2008年3月 8日
訃報
「Mr BOO!」や「モンティ・パイソン」のアドリブで、私たちを打ちのめしてくれた、広川太一郎さんが、3日お亡くなりになられたそうです。また、一人、大事な人がいなくなってしまいました。
http://www.sponichi.co.jp/entertainment/flash/KFullFlash20080308008.html
投稿者 黒川鍵司 : 10:37 | コメント (0) | トラックバック
2008年3月 1日
戯言
- 「それ」に興味がある人が嫌いなのではなく、「それにしか」興味のない人が嫌いなんだ。
- 最近CDのレビューをしてない。今夜あたりやろう。
- 次は何年間になるのだろう。
投稿者 黒川鍵司 : 08:43 | コメント (2) | トラックバック
2008年2月17日
戯言
- 彼女とは一度会ったことがある。笑顔を浮かべつつも、歩くのがつらそうに見えたので、私の方も速度を落とし、若干屈んで歩いた。明らかな障害について、訊かないでいることが逆に失礼に思えたので、いくつか質問もさせてもらった。彼女は自分の病態について、明確に、詳しく説明してくれた。「命には別状はない」と言っていたので、その後入院ということを知っても、別段心配はしないでいた。その彼女が入院したまま1/31に亡くなっていた。それを知ったのは先週。狐につままれたような気分になった。そういえば、彼女はよく、事故死した恋人に会いたいと言っていた。死にたがっていた? いや、少なくとも、「死にたい」だの「人生おわりにしたい」だのといって人の気を引こうとするような人間ではなかったし、生きることの楽しみも語っていた。きっと、もっと長く生きていたかっただろうと思う。自殺をほのめかしつつのうのうと生きている人がいて、彼女のように生きたくても生きれなかった人がいるという事実は、確かにありふれたことなのだけど、未だに釈然としない。
- 誰かの善意。誰かへの悪意。
- 止まっていた歯車が動き出す。来週、また次の段階へ。
投稿者 黒川鍵司 : 08:40 | コメント (4) | トラックバック
2008年2月 3日
戯言
- 昨日は横浜へ。まず横浜美術館のゴス展へ。内容については何とも言いがたい。「これがゴスなら、私たちはゴスからは遠いね」という同行者の言葉が全てを表していた。これなら「普通の学生が『これってやばくね?』と思うものを集めてみました展」とでもした方が良さそうだ。ちなみに常設展示の方はえらくクオリティが高かった。記憶に残ったのは山村耕花 「ウンスン歌留多」、ヘレン・ハイド「お隣さん」、ダリ「バラの頭の女性」。思わずくぐりたくなるイサム・ノグチの輪も良かった。
- 同日に諏訪内晶子、バシュメット&モスクワ・ソロイスツ合奏団のコンサートへ。ここを読む人だと諏訪内晶子に興味が湧くだろう。しかし、情感のこもった(こもりすぎた?)美しい音色のソロは披露したけれど、バシュメットとモスクワ・ソロイスツががっちり組んだスクラムに対しては外様といった雰囲気。ただし、バシュメットのヴィオラとの掛け合いでは、互いの音色の違いが競い合い、スリリングでよかった。バシュメットの方は演奏にしても指揮にしても、アクチュアルだけど、神経質でなく、抑制さているけど、楽しく、情感も十分に感じられた。万雷の拍手に、時間一杯までバラエティにとんだアンコールで応えてくれ、非常に満足できるコンサートだった。
- というわけで久々に生のクラシックにふれた訳だけど、あの空気感、音、楽しさはどうやったってオーディオじゃだせないや。こともなげに一糸乱れぬアンサンブル、各パートに引き継がれていくメロディのレイアー、自然に混じりあう各楽器の音色。やっぱり、時間とお金が許すなら足を運んだ方が良いよ。
- 一転して雪の今日。引き蘢ってオーディオ三昧しております。
投稿者 黒川鍵司 : 18:24 | コメント (2) | トラックバック
2008年2月 1日
変化
この町に暮らして、もう8年近くなる。別にこれといって特徴があるわけでも、交通の便が良い訳でもないのだけど、「住めば都」というやつなのか、居心地が良くて離れにくくなっている。と住み慣れた町なのだけど、ここ1〜2年、すれ違う人の雰囲気が変わってきた。こういう表現が良いのかどうかわからないが、「小綺麗」なった気がする。スウェットみたいなもので出歩いている人が、いや、いなくなった訳じゃないのだけど、かなり減ったし、年齢層も若干若くなったように思える。
私が住み始めた頃は、夜10時になってしまうとスーパーは閉まってるし、大きめの本屋にしても、家電量販店にしても、隣の駅に行かねばないような町だった。今では深夜営業のスーパーもできたし、それなりの大きさの本屋と家電量販店、ドラッグストアなんかもできた。こういうのを住み易くなったというのだろうと思う。これらが出来始めたのと、ほんの一瞬タイミングが遅れてマンションが次々と建設された。以前、親友と行った銭湯、フランチャイズでないスーパーなどの跡地が次々とマンションになった。その綺麗な新築のマンションは、未だに、どこか根付いていないような頼りなさを漂わせている。
それとまたちょっと遅れたタイミングで、すれ違う人が小綺麗になった。
もちろん、これは好ましいことなのだろう。汚らしいよりは、綺麗な方がいいはずだ。すれ違う人だって、町の建物だって。でも、なにか、心の奥のどこかで、釈然とせず、それどころか微細な悲しさすら感じる。
でも、いつでも変化というのものは、そういうものだ。
投稿者 黒川鍵司 : 22:15 | コメント (2) | トラックバック
2008年1月27日
戯言
- 以前、bambinaさんのブログで知った「ブログ界隈において、はてなダイアラーが最もダイハードなのはなぜなのか」を改めて読み直して、確かに自分は「はてなダイアリー」を利用していなくて良かったと、再認識したのだけど、もしかしたら「はてな」で書いていたら、もっと面白いことにも出くわせたんじゃないかと、ちらりと思い、自分の欲深さを思い知った。
- あのとき買った歯ブラシセットの歯磨き粉がそろそろなくなる。
- あちらとの使い分けが、それなりに出来そうに思えてきているのだけど、過去の文章をどうするかという問題に突き当たっている。
- 藤子まいという人を検索していて、Amazonに辿り着いた。チェスティー・モーガンを検索していてもAmazonに辿り着いた。おかげで私のAmazonのトップページは所謂「巨乳もの」で埋め尽くされることとなった。巨乳は嫌い......ではないが、扱いに困るので得意ではない。
投稿者 黒川鍵司 : 21:52 | コメント (2) | トラックバック
2008年1月13日
降臨
(BGMは帝国のマーチで)
我らダークサイド(スピーカー側ってこと)の皇帝パルパティーンこと、ゴーヤさんに当方のオーディオシステムをお聴きいただきました。感想を、ご自身のブログに掲載していただきました。すぱっと、当方の音を言い当ててらっしゃいます。流石であります。
ゴーヤさんがパワーアンプを導入されたら、再度聴きに行きたいと強く思っております。
投稿者 黒川鍵司 : 22:58 | コメント (8) | トラックバック
2008年1月 9日
戯言
- 音にうるさい人は、食にもうるさい場合が多いと言われる。思い当たる節がないではない。
- googleの水鏡よりも、私のことを良く知っていそうだ。
- 今週末、再降臨(BGM:「リング」の「来るー、きっと来るー」って奴)
- 突発性難聴には僕もなったことがある。ある業務で無理してたら、最後の日に左耳が水が入ったような聞こえになり、目眩で倒れそうになった。翌日休んで一日寝ていても治らず、メッセンジャーで看護士をやってる友人に相談すると「病院に行きなさい」
近所の耳鼻科に行くと、聴力検査を受けて問診後に「点滴します」といわれ「耳鼻科なのに点滴??」と思った。説明を受けると浮腫を押さえるためのステロイド点滴とのこと。そのまま10日間通院て毎日点滴。後で調べるとネット上ではあまり評判の良くない女医さんだったのだけど、休診日でも点滴をしてくれたし、点滴からステロイドの飲み薬に換えて症状が再発したときは、すぐにゾビラックスとイソバイドの治療に切り替えてくれたし、良い先生だった。おかげで今は後遺症もない。
最初の問診で言われた言葉は、怖くて今も覚えている。「早めにきて良かったね。一週間くらいほっておくと症状が固定化して、完全に聴こえなくなるところだったよ」もし、あの時、聴力を、片耳だけでも、失っていたら今とは全く違う状況になっていたのだろうな。
投稿者 黒川鍵司 : 20:03 | コメント (10) | トラックバック
2008年1月 1日
あけましておめでとうございます。
皆様、明けまして御目出度うございます。たった一日で何か変わったのか? と言われれば、何も変わっていないと答えるしかないのですが(笑)。
メールなどで、新年の挨拶をお送りいただいた方、個別に返信はさせていただいておりますが、この場でも感謝をいたします。ありがとうございます。
なお、当方、この三が日、特に予定がなく、ぼーっと過ごします。
投稿者 黒川鍵司 : 10:44 | コメント (17) | トラックバック
2007年12月31日
本年もありがとうございました。
当ブログ、ならびにCCを本年もお読みいただき、ありがとうございました。例年通り、なんやかんやありましたが、それでも無事当サイトが続いておりますのは、ひとえに皆様のお陰です。来る2008年もよろしくお願いいたします。
投稿者 黒川鍵司 : 08:08 | コメント (4) | トラックバック
2007年12月25日
クリスマスなので
調べものしてたんですよ。そしたら見つけてね。今更なんでしょうけど、大爆笑でしたよ。ええ、そうですとも。
http://blog.livedoor.jp/onisoku/archives/64784240.html
投稿者 黒川鍵司 : 21:36 | コメント (7) | トラックバック
2007年12月17日
ふらっと
ふらりとよった画廊の絵が思いのほか良かった。購入しても良いかもしれない。
ちなみにこの作品達。作者は松岡佐智子さん。絵はまったくの独学だそうだ。
投稿者 黒川鍵司 : 20:35 | コメント (2) | トラックバック
2007年12月14日
戯言
- ダークサイド・オーディオの先達、皇帝パルパティーンこと、ゴーヤさんと忘年会めいた密会をして参りました。「あの音は...」「やっぱり次は...」「あれはなかなか...」「その組み合わせは...」「そうなると当然...」と双方不穏な発言だらけ(笑)。「以前のスピーカーは限界まで鳴らしていたよね」と言われたのが、不肖のダークサイドの当方にはえらく嬉しかったのでありました。
- 今のスピーカーになってから一番嬉しかったのは「聴いているとさみしくなくて,集中すると圧倒される感じがある」というご評価でした。
- 君はどうしたのかな。きっと余計なお世話なんだけど、やっぱり心配になるよ。
投稿者 黒川鍵司 : 23:26 | コメント (4) | トラックバック
2007年12月 5日
戯言
- 電車の中で見かけて気になっていた少女のイラストがあったのですが、フランスのFafiというアーティストによるものでした。
- 持ち初めてずいぶん経ちますが、いまだに自分の携帯電話の番号がソラで言えません。
- あ、そうか。今日だった。
投稿者 黒川鍵司 : 20:41 | コメント (4) | トラックバック
2007年12月 1日
戯言
- 白雪姫が目を覚ました。
- 手のひらがどんどん返っていく。もう信用は得られないだろ。あ、最初から信用なんてされていないか。
- セイゲン・オノの「マリア・アンド・マリア
」は、マニュエルの「コンサート・フォ・ムルナウ」とザズーの「ジオロジーズ」を足して、パスカル・コムラードの風味を効かせたようなアルバムです。
投稿者 黒川鍵司 : 00:24 | コメント (4) | トラックバック
2007年11月22日
オーディオ関係で三つほど
- すでにご報告済みですが、パワーアンプがCELLOのEncore Power Monoになりました。詳しくはこちら。
- サブシステムが音を出せる状態になりました。ラインナップは下記の通り。
- Mitsubishi DJ-V210(使用していなかったDVDプレイヤー)
- Marantz SC-6(もらいもののプリアンプ)
- Audio Space AS-6M(パワーアンプ)
- JBL CONTROL1X(ジャンク扱いで購入したスピーカー) RCAケーブルはどこにでもある赤白のやつ。スピーカーケーブルはベルデン9497を使用しました。プレイヤーについては、そのうち変わると思います。
- これは書くべきかどうか迷っていたのですが、一応自分への警鐘もこめてということで。
先日、あるジャズ喫茶に行きました。この喫茶、こったオーディオをお使いなのですが、私が知っているオーディオに詳しい皆さんが「あそこの音はねぇ......。」「聴いてらんないって。」「ひどいよ。」と口々に仰るのです。皆さん数千万クラスのオーディオになじまれた方々なので、きっと耳が肥えてらっしゃるのだろうと思った訳です。僕が聴けば、それなりの音に聴こえるだろうと。というわけで、行ってきたのです。オーディオにおいては「一見は百聞にしかず」ですから。
で、感想なのですが......本当にひどかったのです。当然ながらジャズがかかっていたのですけれども。- 店に入ったときの私の第一声は「すいません。少しボリューム下げてもらえますか」
- ウッドベースがはじいている感じがしない。なにか変な弓、ゴムが張ってある弓でひいているようにモゴモゴする。それなのに妙に刺激があって耳障り。
- 全体として耳障りなのに、シンバルの抜けが悪い。
- スネアをなでているブラシの音と思われるものが、単なるホワイトノイズにしか聴こえない
- 女性ボーカルは発音を含め妙に聞き取りやすいが、色気はない。
投稿者 黒川鍵司 : 20:14 | コメント (3) | トラックバック
2007年11月16日
思い出す。
ダイナミックオーディオの厚木氏にコルトレーンの「ライブ・アット・バードランド」を聴くように勧められ買って帰った。
昨日聴いてみた。1曲目「アフロ・ブルー」が始まる。ピアノも、ベースも、ドラムも素晴らしく、思わず身体を揺らしてしまう演奏だ。そんな中、サックスだけは、なにか妙に物悲しい。「セルフレスネス・フィーチャリング・マイ・フェイヴァリット・シングス」で聴こえた、闇の中に切り込んでくる一刃というような鋭さとは違っていた。物悲しいなんて言葉では足りない。枯れた、いや、それも似合わない。いろいろ言葉を探してみると「軋む」という言葉が見つかった。スピード感もあるし、ノリもあるし、白熱もするのだけど、その音は身をよじるような、歯を食いしばるような、心と心がこすれあうような「軋み」に聴こえた。
もちろん、その軋みはコルトレーンが見せた一つの表情に過ぎなくて、二曲目からはまた別の表情をのぞかせてくれるのだけど、ひどく印象に残った。
あれ? と思う。元々僕はこういうものを感じるために音楽を聴いているのではなかったっけ。クリスチャン・ヴァンデールの声の裏側に彼の怒りや慈しみを感じたり、マニュエル・ゴッチングの繰り返されるギターのフレーズに彼の自信や発見を垣間見たり、そういうことに喜びを感じて音楽を聴いていたのではなかったっけ。いつの間にか定位がどうだの、音の伸びがどうだの、いや、もちろんそれらを感じられた方が、音楽の後ろにいる人間がもっと見えるのだけど、それらに捕われすぎて、元々感じたいともっていたものを、うっすらとしか感じられなくなっていたんじゃないだろうか。
このアルバムを聴いて、忘れかけていたそれを思い出せた。嬉しかった。
投稿者 黒川鍵司 : 22:04 | コメント (5) | トラックバック
2007年11月 7日
戯言
- また気がつけば違うところに。
- すっと消えてしまう方がロマンをかき立てるだろうけど、雲や霞じゃないから、そう簡単に消える訳がない。それでも消えたと言い張る人々はいるのだけど。
- 耳栓代わりの高級イヤホンから流れる高音質にはしゃぐよりも、雨音の向こうに微かに聞こえる歌声のために沈黙することに、何の問題がある?
投稿者 黒川鍵司 : 22:52 | コメント (0) | トラックバック
2007年11月 3日
友人の撮った
飼い猫さんの写真が可愛すぎる。いつか、こねくり回してやりたい。じっくりかわいがってやる! 泣いたり笑ったり出来なくしてやる!
あ、もし良かったら投票してあげてください。
投稿者 黒川鍵司 : 23:28 | コメント (3) | トラックバック
2007年11月 2日
戯言
- 嫌いなタイプは、パスタをズルズル音を立てて食べる人と、蕎麦を音を立てずに食べる人です。
- 茶室が日本文化の紹介のためだとすると、ダブルベッドはピロートークの練習用でしょうか。
- A氏とA氏。音の方向は正反対だけど、どちらにも酔うことができる。きっと、どこかに共通点があるはずだ。そこに鍵があるはずだ。
投稿者 黒川鍵司 : 20:53 | コメント (8) | トラックバック
2007年10月18日
戯言
- やっと「アンチ・オイディプス」を読み始める。10年近く積読してたんだなぁ。
- 交換した出力管がやっとなじんできた。計算すると約20時間か。初期段階通過ってとこかな。
- “現状”相手が悪と判断されているからって、何でもやって良いとはならないでしょ? だって、ナチ配下のドイツでは“その時点”ではユダヤ人が悪とされていて、あのような行為が行われて、今ではその行為が悪とされている訳だから。。
投稿者 黒川鍵司 : 22:04 | コメント (0) | トラックバック
2007年10月13日
戯言
- 安心できる場所と避難所は別物だろと思う。
- 「勘違い」って言葉は、過剰なポジティブさ、もしくはネガティブさの表現だと思う。
- 今のまとめが終わったらオーディオに関してはこちらで書こうかと思う。
投稿者 黒川鍵司 : 09:08 | コメント (2) | トラックバック
2007年10月 1日
戯言
- ここ数日、関東を覆った冷気は、胃の痛みと軽い吐き気という形で、僕の身体に影響を及ぼしている。当然、この町も例外ではなく、いつも姿を見せる、愛想の良い飼い猫も、老練な野良猫も、どこかに隠れてしまった。ただ、好奇心のかたまりのような若い猫達だけは、瞳を輝かせて、道を跋扈している。こぬか雨もものともせず、走り回る影を目で追うたびに、「どうか車にだけはひかれないでくれ」という思いが浮かぶ。その思いのいくつかは叶うだろうが、いくつかは望み薄だ。
--
そういえば、あの赤い自転車をたまに見かけるよ。 - まだ、そうまだだ。
- 1966年8月から1967年9月にかけて、アンディ・ウォーホールは「****(Four Stars)」と呼ばれる作品を撮りためていた。この25時間に及ぶとされる作品は、2台の映写機によって、一つのスクリーンに重ねられ上映されたとされる。その後、この作品は次第に散逸して行き、いくつかの断片のみとなった。上映内容の記録などもなく、今ではオリジナルを再構築することも不可能となっている。
投稿者 黒川鍵司 : 22:12 | コメント (0) | トラックバック
2007年9月27日
戯言
- The Secret Life in Arabia.誰も知らない。誰もみてない。
- 過ぎた夏。僕は何をしていたんだっけ? そう思って、ブログを読み返す。
- どこにでも火種は隠れているのに、知らない振りをしている。いや、違う。本当に気がついてないんだ。
投稿者 黒川鍵司 : 22:01 | コメント (2) | トラックバック
2007年9月19日
戯言
- DJとAP。おそらくスタンスは真逆。しかし、対極同士は押し進めれば、どこか一点で交わると言われる。
- 基本的に菅野沖彦氏には共感しないのだが、今回のステレオ・サウンドでの文章には賛同するものがある。以下引用。
チーフエンジニアは、欧米では電気音響学者として著名なジョゼフ・ダポトリ博士だ。(中略)同博士はトゥイーターを上下2基のスコーカーで挟む中高域ユニットの配置方法《ダポトリ・アレイ》を1983年に発表したことでも有名である。日本では、パイオニアの《ヴァーチカルツイン》がこれと似ているし、同社のオリジナルだと思い込んでいる人が少なくないが、アメリカとヨーロッパでは《ダポトリ・アレイ》としてつとに有名な方式であった。(中略)日本ではオリジナルが他にあっても、法に抵触しなければ、平然と自分達の開発として公表して憚らない風習があるようだ......。(中略)同社は最近も、誰が見てもイギリスのKEF社の有名な《UNI Q》そっくりのドライバーを開発した。しかも、自社の誇りと名誉を賭けた最高級スピーカーシステムに搭載したのは驚かされる。
溜飲を下がる思いをしたが、字数の限られたレビューにおいて「閑話休題」なんて四文字熟語を使いたがるのは、単なる字数稼ぎか衒学だと思う。ちなみに炭素を用いて低音を増強するという方法を開発したという日本メーカーもあったが、これも既にKEFがACEとして発表した技術ではなかろうか?。 - 次回以降、数回にわたって音楽鑑賞の立場について書きたいと思っています。
投稿者 黒川鍵司 : 20:37 | コメント (2) | トラックバック
2007年8月23日
戯言
- 「スタジオの雰囲気そのまま」「アーティストの音に何の色ものせない」たしかにそれは素晴らしい売り言葉かもしれないけど、料理の材料だけ並べられて喜ぶ人間ではないので、「つまらないね」とボソリと言ってしまうのですよ。
- 誰かが何かを食べているところは見ていて飽きない。
- Macで「ガクト」と入力したら「Gackt」と変換できた。試しに「マリスミゼル」と入れたら「MALICE MIZER」と一発変換。いったいどういうことだ。ちなみに「もーにんぐむすめ」と入れると「モーニング娘。」とちゃんと。をつけてくれるし、「あるふぃー」と入れると「THE ALFEE」となる。
投稿者 黒川鍵司 : 12:22 | コメント (9) | トラックバック
2007年8月20日
お悔やみ
モデルとして、最近では女優としての活躍もなさっていた山口小夜子さんが亡くなられたそうです。日本人のモデルさんとしては珍しく、強い個性とそれに則る美学をお持ちの方でした。早すぎる逝去といえると思いますが、ご冥福をお祈りいたします。
投稿者 黒川鍵司 : 17:33 | コメント (2) | トラックバック
2007年8月 8日
戯言
- 路上に転がる死骸。セミ、黄金虫、ゴキブリ。あるものはそのまま、あるものは潰され、あるものはバラバラに。バックには九番の第一楽章。
- 土曜日に魚料理をする予定なので、半年ぶりくらいに包丁を磨ぐ。金属と砥石の当たり具合が懐かしい。
- そうか、そんな事件もあったね。
投稿者 黒川鍵司 : 22:09 | コメント (0) | トラックバック
2007年8月 1日
フジヤ系ブログ
そういう言葉があるんですね。
うちもそうなのでしょうか。たしかにフジヤエービックさんには良くしていただいていると思いますが。では、現在の機器の購入店を見てみましょう。
- CDプレイヤー:ESOTERIC SA-60(ダイナミックオーディオ5555 5F)
- アナログプレイヤー:MUSEHEART BRU-357改(RW)(リヴィングミュージック)
- フォノイコライザー:CEC PH53(リヴィングミュージック)
- カートリッジ:GRADO Prestige Blue(ダイナミックオーディオ5555 1F)
- プリアンプ:TRIGON SNOWWHITE(ダイナ中古センター)
- パワーアンプ:AUDiO SPACE AS-6M(ダイナ中古センター)
- ヘッドホンアンプ:LEHMANN AUDIO Black Cube Linear(rx78さんから購入。元はフジヤエービック)
- スピーカー:KEF iQ7(テレオン2号館 1F)
- RCAケーブル:ACROLINK 6N-A2050II(ダイナミックオーディオ5555 1F)
- RCAケーブル:MIT AVt 3 ic(フジヤエービック)
- RCAケーブル:Accuphase L-15G(ゴーヤさんからの貰いもの)
- RCAケーブル:TARA LABS Prism300A-8N(ヨドバシAkiba)
- スピーカーケーブル:NORDOST Super Flatline Mark II(ダイナミックオーディオ5555 5F)
- オーディオラック:SONUS SYSTEM Elite 4(フジヤエービック)
う〜んと......むしろダイナ系ブログ?(笑)
投稿者 黒川鍵司 : 00:02 | コメント (6) | トラックバック
2007年7月31日
戯言
- 今年は猛暑なのではなかったっけ?
- 彼女は自分の幻想の中に生きている。その中ではいくらでもポジティブになれるし、誰もが彼女に夢中になる。しかし、誰かが、その幻想の中に入って行くことは滅多にない。
- 当方のアナログ環境は、生々しさ以外の点ではCD環境に負けている。金額の差はもちろんあるけれど、使いこなしの問題も大きい。その証拠に昨日からスタビライザーを使い始めたら定位が明確になり始めた。フォノイコライザーの設定なども追い込んで行く必要がある。入力容量の調整をしなくてはならないのだが、GRADOのカートリッジは推奨入力(負荷)容量が明示されていないので、聴覚的に調整するしかない。今夜やろう。そのつぎは針圧を正確にすることかな。
投稿者 黒川鍵司 : 21:00 | コメント (0) | トラックバック
2007年7月26日
今日の帰り道
二日ぶりに八時前に最寄り駅につき、家路を急いでいると、雑居ビルの前に少女が立っている。歳の頃は10代半ば、夏らしく白い薄着。なにか、もじもじした風。なんだろうと思っていると、視線があい、こちらに近づいてくる。
「すいません......」
おずおずと、そう話しかけてきた。新手の勧誘? とも思い、ちょっと構えて返事をする。
「なんでしょう?」
「そこに自転車を止めてるんですが......」
「はい」
目をやると赤い自転車が止まっている。
「カゴにセミがとまっていて......」
「……」
1秒くらい考えて意味が分かった。
「ああ、はいはい」と、金属のカゴをのぞいてみると、果たして大きなアブラゼミが、でんと上を向いて構えている。これだと乗っている間、ずっとセミの視線を感じなきゃならない。触ってみると暴れる様子もないので、掴んでポイッと投げてやると、あちこちにぶつかりながら夜の闇に飛んで行ってしまった。
「これで大丈夫?」
「ありがとうございます!」
ペコリと頭を下げた彼女。
「いえいえ」と言いながら、再び家路を急ぐ。蒸し暑い夜の空気に、やっと夏らしいなと思いつつ。
投稿者 黒川鍵司 : 20:36 | コメント (12) | トラックバック
2007年7月22日
戯言
- 彼女は自分を棚に上げるのが得意。自分の行いを悔いることなどなく、それを忘れて、どこかの誰かを批判する。もう一方の彼女はすべてを他人のせいにするのが得意。自分が悪くても誰かを悪人にして、自分は悲劇のヒロイン。ああ、神よ。どうぞ、彼女たちの罪を許し、その御胸にいだき賜え。
- 一昨日気がついたのですが、CDのDACが以下のようになっています。
- 以前使っていたSA-17S1:シーラスロジック CS4397
- 今使ってるSA-60:シーラスロジック CS4398
- ダークサイドの道は一本道なのでしょうか。偶然にしても出来過ぎです。
投稿者 黒川鍵司 : 21:52 | コメント (2) | トラックバック
2007年7月16日
バトンを奪ってきました。
我が愛弟子(パダワン)こと、ダークサイドの同志、うぃんさんから、バトンを預かってきましたよ。もちろん私がアンカーです。
■あなたの性格を一言で!
機動力は高いけど、納得しないと動かない。
■薄い顔?濃い顔?
どちらかといえば薄めですかね。
■身長はいくつ?
175〜6cm程度。
■自分の体で嫌いなところは?
嫌ってもしょうがないので、ないよ。
■あだなは?
なんかあったっけな? ああ、「黒い人」っていう別名があります。
■異性の好きな髪型は?
長すぎるのは好きじゃないですが、短すぎるのも如何なものかと。でも、似合っていれば何でもいいと思います。
■背は何センチから何センチが好き?
143cm〜172cmまで(妙に具体的)。
■趣味は?
音楽と映画と読書とオーディオと猫いじり。
■特技は?
初めての場所でも、まるで常連かのように振舞えること。
■ 寂しいときは?
時々。
■あなたの一番したいことは?
半年くらい休暇が欲しいです。
■あなたが一番気になることは?
今日の災害。
■今年一番したいことは?
「結婚」とか言っとこうか。
■喧嘩したとき自分から謝る?
自分が悪いと思ったら、結構素直に謝る方です。
■男女に友情はあり?なし?
ありえるけれど、途中で路線が変わってしまうこともあります、ってなんか前にも答えたな。友情を続かせたいのだったら、互いに用心することです。
■理想を5つ
理想はない。目標はある。
■理想の人に出会ってますか?
そんなもん、死ぬまでわからんと思うよ。
■恋愛と結婚は別ですか?
最近、何をもって恋愛とするのかがわからなくなってきました。
■バトン回してきたあのひと…正直この人○○
俺より優秀です(クヤシイ)。
■マイミクであなたを一番理解してくれている人は誰ですか?
さあ......。
■バトンタッチ☆(各項目3名以上で)
☆絶対やってくれるだろう
☆時間があればやってくれるだろう
アンカーです♪
投稿者 黒川鍵司 : 15:14 | コメント (5) | トラックバック
2007年7月12日
おめでとう!
以前、このブログでもちょっとだけ話題にさせていただいたKさんが、かわいらしい女の子をご出産されました。
あのとき触らせてもらったお腹に、あんなにかわいい子が入っていたなんて不思議きわまりないです。そして、誕生日が07年07月07日。きっと、織姫さまのような美しい娘さんに、なんていうと婦人団体に「ジェンダーのお仕着せ」なんて言われちゃいますかね。
とにもかくにもおめでとうございます。いつかお姫様に謁見できますように。
投稿者 黒川鍵司 : 20:12 | コメント (3) | トラックバック
2007年7月 9日
戯言
- 「美少女と液体ケロン人」って......。元ネタをわかる小学生はほぼいないと思う。
- いくら考えても彼と僕の明確な差を見つけ出すことができない。仮にどこかの惑星からやってきた生物学者が二人を同定したとしたら「同種」と判断するに違いない。それなのにこれほど立ち位置が違うのは、その思考、志向、嗜好、そして対人態度といった数値化が困難な要因のためなのだろうけど、それだって、ある一点でかわる可能性があったわけだ。結局は偶然、こういう立場で対峙することとなったということだけなのだろうな。
- やっと、ラヴェルの四重奏が届きましたよ。買ったのはCUARTETO CASALS/Influencias
。ジャケットとレーベルで選びました。
投稿者 黒川鍵司 : 21:10 | コメント (0) | トラックバック
2007年7月 8日
数日間のエトセトラ
- 七夕に 往きて帰りぬ あうさかで 袖連ねしは 奇しき縁かな
- 収穫:やはり長い吊り革ミナス・モルグル気まぐれコンピレーションCDアナログディスクはそう簡単になくならないという確信舞い戻った3年前無料のシャトルバス働く娘の姿スカーゲンの腕時計アドレセンスなシルエットはじけるレモンの香り白洲次郎に関する文庫本様々な言葉と眼差しなどなど
- 修道士にも過去はある。
- 私信:バーバラさんへ
今回は7ヶ月でした。
投稿者 黒川鍵司 : 20:25 | コメント (2) | トラックバック
2007年7月 5日
戯言
- そう、書くことは自由だね。でも、それに責任が取れないなら、小賢しく言い訳する前に、書かない方が良いよ。
- どうしようか悩んだけど、iBookにはお留守番してもらおう。HD25とW51Sにはお付き合いいただこう。充電器も忘れないようにしないと。
- 今気がついたけど、七夕か。できすぎてるな。
- 記念品。あと2つとなりました。
投稿者 黒川鍵司 : 21:17 | コメント (4) | トラックバック
2007年6月29日
飾り物
- 高橋真琴の天使のポスター
- チェブラーシカの小さなヌイグルミ
- 水天宮で買ったカッパの土鈴
- トラバーチンロマーノの石片
- 陶器の浮き球
- テラコッタ製の上を見るカエル
- アフリカ系のロウソク立て
- 蒼いガラスの小さな杯
- 宇野亜喜良の少女のイラストの絵皿
- 海外の蝶の標本
昆虫で一番好きなのはハグロトンボだけど、あれは生きてヒラヒラと舞うように飛び、ピタリと何かに留っていてこそ美しい。 - マントを広げたダースベーダー(1/7)
- ベルメールの人形写真集
- クエイ兄弟、エンキ・ビラル、山本じん、村田兼一、野波浩などの絵葉書
投稿者 黒川鍵司 : 21:54 | コメント (0) | トラックバック
2007年6月20日
戯言
- この白雪姫は、ディズニーのそれなどではない。女優で例えるなら、ベティ・ペイジでも、エリザベス・テイラーでも、オードリー・ヘップバーンでもなく、カトリーヌ・ドヌーブか、マレーネ・ディートリッヒ。
- そうなるのは嬉しいけれど、ひどく不思議な気分だ。
- 私には魅力とは何かと何かの裂け目に生ずるものに思える。バイロスの絵も、モリニエの写真も、クエイの映像も。
投稿者 黒川鍵司 : 20:06 | コメント (3) | トラックバック
2007年6月17日
戯言
- 久々に、確か1年半ぶりくらいにIさんにあいました。この部屋への引越しを手伝ってくれた子です。あの時は本当に助かりましたよ。今も感謝感謝です。今回は1ヶ月以上遅れた誕生日プレゼントをお渡しするという大義名分でおつきあいいただきました。すっかり痩せて綺麗になっちゃってましたが、憎まれ口をたたきつつも、実は良い子というツンデレ的キャラクターにはお変わりなく、うれしく思いました。彼氏さんがうらやましゅうございますよ。次回お会いするときには、同居してらっしゃる猫さまにも会わせてください。あ、あと、単なるオーディオ馬鹿にはならないように気をつけます。耽美の心はわすれません。ご忠告ありがとう。またしても感謝です。
- 久々に味わった「宮本武蔵」は、徳川夢声のおかげもあって、私にはひどくよかった。初読のときを思い出し、あのとき感じたことが再び心に去来し、懐かしさと新鮮さを味わえた。確かにオーディオ的イベントではないけど、こういうのも「あり」だと思った。
- あまりいい印象を持っていなかったGrand Piano Domusなのだけど、今日聴いてみたらかなりよかったなぁ。あ、いかん、オーディオ馬鹿にならないと言った舌の根も乾かぬうちだ。
- きっと、邪魔な存在なんだろうな。彼が行く先々にいるのだから。
投稿者 黒川鍵司 : 20:53 | コメント (4) | トラックバック
2007年6月15日
戯言
- 博多行きの新幹線。これに乗れば行けるな、と思いつつ、そうはできない自分。君の勇姿を仰ぎ見ることは、まだできないけれど、成功を祈ってますよ。
- ブルー、ブルー、エレクトリック・ブルー。なんかいろいろ青い。

- 今になって驚くのは、幼い頃、僕の周りにいた大人たちのほとんどが半径10km以内で、生活のすべてをまかなっていたことだ。きっと彼らからしたら、僕の日常が驚きの対象なのだろうけど。
投稿者 黒川鍵司 : 23:54 | コメント (4) | トラックバック
2007年6月13日
ご覧になりたいという方がいらっしゃったので
うちの蚊遣りです。

うちでは蚊遣りではなく、香炉として活躍中です。
投稿者 黒川鍵司 : 22:30 | コメント (4) | トラックバック
2007年6月11日
覚え書き
私が「E2-E4」において最も美しいと思うのは、後半のギターが入ってくる数節前からの、その予感、予兆のようなものだ。
投稿者 黒川鍵司 : 22:16 | コメント (0) | トラックバック
2007年6月10日
戯言
- ためごろうさんのご好意でトロカデロ・デ・モンテカルロバレエ団の日本公演を観劇いたしました。単なるコメディと思いきや、かなり高度なことをやってらっしゃいました。そして、サービス精神旺盛。いいものを見させていただきました。ためごろうさん、ありがとうございました。
- スピーカー背後に余っていたグラスウールの板を立てかけてみると、思いのほか音場感が豊かに。でも、見た目が悪いのです。なので、今日、ナチュラルカラーの布地を買ってきて、かぶせました。これで少しはマシでしょう。
- 海外でクエイ兄弟の高画質DVDが出ているのですが、「レオシ・ヤナーチェク」が入っていないのです。残念です。
- 目的がわからない行為は、いつも不気味に映ります。
投稿者 黒川鍵司 : 16:49 | コメント (2) | トラックバック
2007年6月 7日
とうとう
私的に携帯を持つことになりましたよ。
投稿者 黒川鍵司 : 22:15 | コメント (18) | トラックバック
2007年5月26日
戯言
- 誘われて北関東へ。森を抜け、山を望み、滝の気にふれ、海に靴を濡らす。一日でこれだけの経験を味わったのは久しぶり。「癒されましたか? 和みましたか?」とのことでしたが、私を最も癒してくれて、和ませてくれたのは、あなたが横にいてくれたことでしたよ。Tさん、本日はありがとうございました。
- 詩とは言葉による闘争だと思う。定型詩、韻文の場合、その形式との戦いとなる。日本では定型詩というよりも、俳句や短歌を思い浮かべる方がわかりやすい。その、制限字数に、いかにして自分の心情をつぎ込むか、いかにして韻やその他技巧を盛り込むかという闘争である。この形式という敵が既に想定されているが故に定型詩は、ある程度の知識を身につければ作りやすいとさえ言える。とりあえず、五七五のリズムと季語を織り込めば、出来はどうであれ、俳句にはなる。しかし、俳句・短歌においても自由律というものがある、これは、そのリズムを崩し、季語すらも使用せずに、俳句・短歌として成り立たせなければならない。それゆえ、その作成の難易度は高くなる。散文詩と呼ばれるものも、同様に難易度は高い。それは言葉そのもの、日常語や、陳腐化された言い回しとの戦いになる。どういうわけか、散文詩は書きやすいものと思われているが、単に文章をぶつ切りにしたものを並べたのでは散文詩ではない。そのようなものを詩として提示するのはジュールダン氏の末裔となることを意味する。散文詩の例としては、コクトーの「恐るべき子どもたち」をまず挙げたい。この作品は単にストーリーを追うこともできるが、その言葉をみれば、全編が詩であると言える。また、アルチュール・ランボーが天才とされるのは、当時の一詩人が全身全霊をかけても成し遂げ得ない闘争を、こともなく勝ち抜け、その上、その結果をいとも簡単に捨て去ったが故だ。以上の意味で、彼女の書く散文は、まさに詩であると思う。あの言葉遣いの妙技は、ブルトンの宣言を思い起こさせる。悔しいが、僕には太刀打ちできない。
- そしてBGMはE2-E4 25th AnniversaryからUb-Xへ。
投稿者 黒川鍵司 : 23:41 | コメント (2) | トラックバック
2007年5月20日
今日のこと
- ハイエンドショウで気になったELECTROCOMPANIETを聴きにKRYNAさんのショールームにいきました。詳しくは明日書きます。
- パワーアンプのレイアウトをかえました。今までよりものびのび鳴るようになった気がします。
- なんだかんだで合計で4、5時間電車に乗ってましたよ。そして、相変わらず色気のない一日でございました。得るものは大きかったけどね。
投稿者 黒川鍵司 : 23:43 | コメント (0) | トラックバック
2007年5月19日
戯言
- 古いステレオサウンド(154号)をパラパラとめくっていたら、先日導入したAS-6Mの評価記事があった。なかなか好評価でうれしく思った。ふと、となりのページに目をやるとゴーヤさん愛用のオクターブのV70の評価記事だった。なにか因縁を感じた。
- その身に、幾重もの不具をまとったマイナスのキリスト。近づくものを瘴気に巻き込み、混濁と嘔吐の中、痛々しいまでの清廉さを保ちつつ、ただ、ただ前へと進む。
- 特異なセンスと悪趣味とを区別するには、長期間の観察が必要になる。
投稿者 黒川鍵司 : 23:26 | コメント (4) | トラックバック
2007年5月17日
地雷を踏みました。
蒼井ナノカさんのところで、地雷バトンを踏みました。確信的に踏んだ場合は、拾ってこないのですが、今回は完全にやられたので、拾ってきましたよ。しかし、「ルール」は無視します。
☆メアドの意味は?
名前そのままです。
☆今の着信音は?
携帯持ってないよヽ(´ー`)ノ
☆待ち受け画像は?
もってないよ!ヽ(´ー`)ノ
☆お酒は飲める人?
それなりに。でも、酒量は減りました。
☆好きなお酒は?
最近は甘めのシェリーがいいと思います。ジンも好きですよ。
☆お酒の失敗を教えてくださいo
焼酎にいい思い出がありません。大抵つぶれます。
新宿のバーで酔いつぶれて、そのままソファーで寝かしてもらったなぁ。
あれは申し訳なかった。
☆ストレス解消法は?
散歩と音楽鑑賞と映画鑑賞。あとは誰かと他愛のない話をすることでしょうか。
☆今この瞬間の髪型は?
なんかボサボサしてますよ。
☆今この瞬間の服装は?
スエットのパンツにエティモのTシャツです。
☆あなたの勝負服はどんな感じ?
勝負だろうがなんだろうが黒いよ。
☆煙草は吸う?吸う人は銘柄もo
嫌煙派ですが、マナーを守って吸う人は許します。
☆あなたの人生で一番の良い思い出は?
いつか、どこかの夜具の上。
☆口癖は?
自分では気がつかないのですが「えー」ってのをよく言ってるようです。
☆これを聞くと切なくなる!という思い出のきょくはある?
思い出と結びつきで切なくなることはほとんどないですが、音楽そのもので切なくなることはありますよ。
☆好きな相手で音楽の好みは変わる?
音楽に対する核の部分は、恋愛沙汰では変化しないですね。今まで知らなかった音楽を教えてもらうってことはあります。
☆結婚は何回したい?
何回って面白い表現ですね。結婚の達人は離婚の達人という言葉を思い出しましたよ。
形式にはこだわらないので、問題が発生しない限りは結婚はしないです。
☆生まれ変わったら何になりたい?
なにかこう静物がいいなぁと。
☆異性の友達はいる?
それなりに、それなりに。
☆男女の友情ってあり得る派?
ありえますが、何かのきっかけでそれが違うものになることもありえます。
☆それはなぜ?
なぜって言われてもねぇ。どう転ぶかわからないのが生き物でありますよ。
☆ぐっとくる異性の仕草は?
あ〜んと、思い浮かばないなぁ。
☆異性の第一印象、まずどこを見る?
箸の使い方とか。
☆外面で好きなタイプは?
加藤ローサさん
キャットピープルの頃のナターシャ・キンスキー
☆内面で好きなタイプは?
内面でタイプってなぁ。そんなものないよ。
☆交際、結婚相手とケンカは必要だと思う?
必要、不必要の問題ではないと思いますが。
☆最近あった小さな幸せは?
今まで見たことのないベルメール、バイロスの版画をみられた事
☆最近あった大きな幸せは?
さて、なにかあったかなぁ。
☆最近あった小さなショックは?
さて、何かあったかなぁ。
☆最近あった大きなショックは?
恩師の急逝。
☆今やりたいことは?
温泉旅行とカイロプラクティック
☆財布の中身は?
各種カード、レシート、名刺・店舗のカード、お札と硬貨。
☆何歳に戻りたい?
いや、別に今のままで。
☆愛されるより愛したい?
「愛」は「合い」なので両方でしょうな。
☆最近のマイブームは?
ここしばらくはオーディオでしょうか。というか音楽ですかね。
☆1日の睡眠時間は?
6時間以上取りたいところです。
☆(今の)学校生活楽しい?
学生さん用の質問集なのですね。
学校生活はおくってませんが、生活は楽しいですよ。
投稿者 黒川鍵司 : 21:17 | コメント (0) | トラックバック
2007年5月14日
戯言
- ゴーヤさんとのコメントのやり取りで書いた気になっていたのですが、改めて。
先日、こういうものを導入しました。
AS-6M
パワーアンプを聴きにちょっとお店を廻ってみまして、当初の目的はトライゴンのドワーフだったのですが、聴いてみると「あれ?」って感じでした。自然と言えば自然なのですが、なんかウキウキするような部分がなかったんです。その後聴いたLINNのMAJIK 2100は良かったのですが、値段も良くて(笑)。あとちょっと、見た目に面白みがないなぁと贅沢なことも思いまして。で、お店を変えてダイナミックオーディオの中古センターさんへ。ちょっとご相談していると、「真空管なんか面白いと思いますよ」という話になり、ご仲介いただいてカインのショールーム?へ。なんで?がつくかと言いますとショールームというには、なんといいますか、庶民的と申しますか、気さくと申しますか、そういうたたずまいでして。そこで、代表の方にいろいろ聴かせていただきました。最初に聴いて気に入ってしまったのが、KT88を使った上記アンプでした。そのあとも300Bや2A3を使用したアンプも聴かせていただきました。それぞれシルキーな肌触りが感じられたり、柔和な魅力があったりしたのですが、最初に聴いたKT88のパワー感のようなものがやっぱり気に入って購入に至った次第です。本当は、あくまで下見のつもりだったのですけどね。
このアンプ、プリメインとなっていますが、形状、実装面からみても、ボリューム付きパワーアンプですね。「質量:15Kg」となっているのでペアで15kgだと思ったら、1台15kg、ペアで30kgだったのは驚きでした。 最初の音はレンジの狭い、こもったような音でした。数時間で上が出てくれるようになり、やっとここにきて下の音にパワーが感じられるようになりました。この変化の大きさも真空管アンプの魅力なんでしょうねぇ。 - 昨日、youtubeで、いろいろ観ていて気に入ったものを二つ程ご紹介。
- Doll Face 美への執着の末路なんていうと当たり前すぎるかもしれませんが、映像のクオリティも高くなかなかの作品です。テレビの映像、登って行くという表現には「2001年宇宙の旅」の小説版へのアンチテーゼも含まれているかもなんていうのは考え過ぎでしょうかね。
- Giant Girl Doll 詳細を知らないのですが、何かのアートパフォーマンスなのでしょうか? 巨大な少女が目覚めて、シャワーを浴び、着替えて、町中を歩いてきます。かなりの大きさなのに、表情の作り方がえらく上手いですね。腕に本物の少女を乗せている姿や、最後の眠りについた姿は感じ入るものがあります。作品と直接関係しないのでしょうが、このクリップのBGMも雰囲気にあっていて良いです。
投稿者 黒川鍵司 : 20:50 | コメント (11) | トラックバック
2007年5月 8日
戯言
- 18歳年上と草津へ温泉旅行(+一服)の次は「できちゃった婚」かよ。あの二人って凄かったんだなぁ。伝説になりえると思う。
- やっぱり熱いなぁ。夏が思いやられるよ。
- 時計を買いに京都に行こうと思います。でも、何時になるかなぁ。
投稿者 黒川鍵司 : 19:31 | コメント (2) | トラックバック
2007年5月 4日
戯言
- 近所の至る所でツツジやサツキが咲いている。高さがちょうど良いので、つい花弁に触れてしまう。僕は柔らかそうな花弁に触るのが好きだったりして、ツツジ、サツキ、そして八重桜などが手に届く場所に咲いていると、つい触ってしまう。椿や薔薇はあまり触る気にならないのは、何となく求めている柔らかさと違うからなのだろうか。そんな話を友人の女性にしたら、からかうような調子で「根っからスケベでしょ。変態」と言われた。まあ、否定はできないけど。
- YMOだと高橋幸宏が好きですよ。
- 次のものを探しています。1、2についてはオーダーメイドで作成していただけるといった情報もあれば是非。
- フィリッツ・ラングの映画「メトロポリス」のアンドロイドの立像
- ベルメールの人形の小型コピー
- アリストテレス「詩学」第二巻
- 「ヴォイニッチ手稿」注解書
- 「竹内文書」(原版に限る)、もしくはヒヒイロカネ製の剣、鏡
- 「アル・アジフ」ジョン・ディーによるラテン語からの英訳版
- ヴァルター・シュピースの絵画(モノクロ不可)
- エニグマ(実機、コピーを問わず)
すいません。3以降は冗談です。
投稿者 黒川鍵司 : 21:56 | コメント (8) | トラックバック
2007年4月23日
戯言
- 以前、「『萌え』の構造」みたいなもののメモを書いたが、その続きみたいなもの。「粋」から「萌え」へといったところ。
粋というものは、媚態、つまりセクシャルな意味合いを持つものであった。セクシャルなものというと、近代的なモラルの基準から公に発揮することは認められず、眉を顰められるもの、否定、もしくは隠匿されるものとなりえるわけだ。それでも、粋を一般のなかで生かし続けるには、そこに含まれるセクシャルな意味合いを隠す、もしくは捨てる必要がある。その結果、「粋」は、そこに元来含んでいた枯淡、渋さ、侘び寂びといった、セクシャルなものからは遠いものを強調する様態となり、その仕草を媚態とは受け取られなくなる。しかし、セクシャルな意味合いの感覚への需要は隠然と存在しており、その需要は非媚態と化した「粋」とは真逆にある「野暮」へと向かう。その結果として「野暮」は「萌え」として新たなる媚態に仕上げられた。
とりあえず、メモとしてはこんなところか。 - なぜ他者を殺してはいけないのか、という質問には、他者が君を殺そうとしたら、君は何も文句も反抗もせずに殺されるか? とベクトルの向きを変えてしまえば、大抵それで済む。他者を殺そうとする者は、自分が殺されることを常に意識していなくてはならない。それに耐えられないなら、誰かを殺すことなど願うべきでないとすればいい。それに対して、なぜ自殺をしてはならないのかという質問には窮することになる。既にベクトルが本人に向かっているわけで、立場を逆転させて、「友人が自殺したら悲しいだろ?」と言っても、実際にその痛みを味わうまで通用しない。この場合、一般的な回答としては二つある。
- 死後の状況からそれを思いとどまらせようとする方法。君が死んだら誰々が悲しむという現実的なもの、もしくは自殺すると地獄に落ちて苦しむといった宗教的なものが代表的。
- 生きていた方がよいと思わせようとする方法。大抵は自殺を思いとどまってなんらかの成功を成し遂げた人物だとかを取り上げることになる。これは架空の人物である場合もある。
どちらの方法もあまり説得力を持たない。結局のところ身近な人物の死と、その喪失感を体験するのが最も効果的に思える。しかし、これが逆に自殺の原因になることもありえるため、決定的ともいえない。きっと、母親に部屋に遺棄されたにもかかわらず、生ゴミを食べてでも生きようとした幼児が、一体何を頼りにして、そこまでの生きようとする力を得たのかがわかれば、それが決定的なものになるかもしれない。その死を確かめに来た母親がドアを開けると、飛び出して抱きついてきたという話からするに、何かを、例えそれが間違った対象であろうとも、それを信じ続ける心がその力の理由であるように思える。 - ただ単に楽しくってのはどうも苦手でね。ふざけるときもどこかに芯を持っていたいなぁと。
投稿者 黒川鍵司 : 21:23 | コメント (6) | トラックバック
2007年4月22日
分かれ目
中学生の頃、芥川が好きだと言うと、それなら太宰も好きでしょう? とよく言われた。しかし、僕は太宰が嫌いだった。あの頃は、理由を上手く言い表せなくて「田舎者のダサさが嫌い」と言っていたのだけど、本当のところは、洗練を装った作品のボロが隠しきれておらず、その後ろにいるしたり顔の太宰が見え見えなのが嫌だった。つまり、作品に真剣さが感じられず、読者に「な? 俺っていい作品書くだろ?」という臭いが充満しているように感じたから嫌いだった訳だ。
こういっても、わかってもらえることは少ない。だから、「少女的」なものは好きだが、いわゆる「萌え」的な少女のイラストやフィギュアや、10歳前後の少女にセミヌードまがいのことをさせる写真集などには吐き気を催す、純粋な「ゴス」とは近い立ち位置にいると感じているが、ファッションとしての「ゴス」、もしくは「ゴスロリ」には絶対的に相容れないといっても、わかってもらえない。何が違うのかと言えば、趣味性の有無、純粋さの違いとでも言うべきか。どれも、後者には商業的な意図が見えるのだ。趣味としての追求ではなく、儲けを得るために、それを求める層に最もフィットする要素を盛り込むいう態度に嫌悪し、それに喜んでいる連中には白い目を向ける。
いわゆるファンが求めるものをちりばめただけで、なんの先進性、オリジナリティもない虚飾とでもいうものは嫌いだし、著作権という利権にしがみつき続けるために物語を台無しにしてしまうものや、とても特異性を認められない文章について盗作を訴えるような漫画家にも反吐が出る。
え? この文章で何が言いたいかって? 要約すれば次の一言です。
あんたたちとは一緒にして欲しくないんだよ。
投稿者 黒川鍵司 : 00:22 | コメント (18) | トラックバック
2007年4月18日
戯言
- “「フルトヴェングラー指揮のステレオ録音」の存在を確信した老オーディオファイルが、ドイツ、東欧、ロシア、そしていまだ紛争の続くチェチェンへと探求の旅を続けた果てに、ついに見つけ出した音源とは。”ってストーリーを思いついたのだけど、よく考えたら「ユリシーズの瞳」そのものだった。
- オーディオ雑誌は高いので気になる記事があったときだけ買うようにしている。stereo (ステレオ) 2007年 04月号
を買ったのは、ちょっと変わった理由で、純粋にオーディオの記事が読みたかったのではなく、立ち読みしてたら矢野沙織というサックス奏者のインタビューがえらく面白かったからだ。オーディオマニアのホストと全く噛み合わない。アナログとCDの聴き比べをさせて「違いがわかりましたか?」と尋ねると「オーディオが良いから、両方ともすごく良い音に聴こえた」と答え、「クラブなんかではCDより音が良いから、アナログがメインなんですよね」と言われると「でも、あんな爆音が出てて、しゃべってたらわからない」と返す。最初は「なんじゃこら?」と思って読んでいたのだけど、途中から「いいぞ! いいぞ沙織! もっと言ってやれ!!」と応援してしまう。どう考えても彼女の言ってることの方がまともです。「大きな音で聴くとそれだけで凄いと思ってしまうから、小さな音の方が比較には向いている」なんて言葉も本当に的を射てると思います。
- 造ることができなくなってしまったのは、僕のせいなのだろうか。
投稿者 黒川鍵司 : 20:47 | コメント (2) | トラックバック
2007年4月14日
戯言
- 思わぬ収入。Iさん、いや、今はKさんか。ともかくありがとう。元気な子が生まれますように。そして、私がお子さんのお顔を拝見できる日が来ますように。
- 情報量2割から3割り増し。アップサンプリングのモードが3種類、それぞれに2つのモードがあるので、6種類の音を作ることができる。微妙なものもあるが、大きく変わる場合もあり、ここが使いどころの肝か。FIR+Wideはともかく速く、切れ込みが鋭い。クリスチャン・ヴァンデールドラムの打ち方のちょっとした変化が聴き取れるし、ボーカルの歯並びが見えるような気までする。うちのゆったりめの音はアンプとスピーカーの組み合わせに寄っていると思っていたのだけど、プレイヤーのカラーが大きかったようだ。もう少しゆったりと聴きたければPCM→DSD+Directにするといい。今までに比べるとカッチリとしているけれど、典雅さが加わる。ゆったりと包み込まれるような濃密さが欲しいときにはDAC64Mk2に切り替えればいい。こういう使い分けは、自分でいうのもなんだけど、なんとも贅沢だな。
- バッハの凄さというのは隙のない数学的、幾何学的な音の配置に、演奏者、もしくは聴き手がどのような情感でも込めることができる音楽を、あれだけの曲数生み出したということだと思う。
ジャズという音楽は、誰かに強く抱きしめられたときに感じる嬉しさと、息苦しさを知っている人のための音楽だと思う。
投稿者 黒川鍵司 : 20:48 | コメント (4) | トラックバック
2007年4月11日
戯言
- 密教徒になりました。
- ER-6iがジャックの部分で断線したようです。約2年間、かなり酷使していたので、よくここまでもってくれたなぁという気分です。修理して使ってもいいのですけど、う〜ん、できる自信がないなぁ。というわけで、ラビさん。いらない?(笑)
- ジャンニ・レオーネからメールが来ました。メキシコツアーだそうです。転載しておきます。
Il Balletto di Bronzo Mexico tour 2007 March the 24th: BAJA PROG FESTIVAL in Mexicali, "The most important Prog festival in the world" (il Balletto di Bronzo already partecipated at the 2002 edition); and then Monterrey, Zacatecas, Aguascalientes, Chihuahua... Gianni Leone- keyboards, vocals Adolfo Ramundo- drums Marco Capozi- bass Visit www.bajaprog.org www.ballettodibronzo.too.it
投稿者 黒川鍵司 : 20:44 | コメント (4) | トラックバック
2007年4月10日
今日と明日
あの頃に比べたら、大分くたびれてきているけど、まだ戦えるさ。
投稿者 黒川鍵司 : 00:13 | コメント (4) | トラックバック
2007年4月 7日
商談中
いいと思うけど、この値段だとなぁ......あ、そうなの? それ位に......う〜ん、ちなみにこっちだと? ああ、そりゃそうだよね。でも、手がまったくでないってわけじゃないなぁ。で、こっちの件だけど......ああ、それを併用して。うんうん、更にというわけね。えーっと、そうなると......うわ、そこまでになるんだ。ああ、そうね、今あるのをね。そうすると...ああ、色つけてくれるわけね。う〜ん、即答できない自分がやだなぁ、ハハハ。そうか、そういう手もね。それでも保証はつくものねぇ。うんうん.......。
(きっと、しばらく続く)
投稿者 黒川鍵司 : 21:12 | コメント (9) | トラックバック
2007年4月 6日
みーちゃん
うちの近所には結構猫がいます。野良もいれば、飼い猫もいます。見目麗しい美猫もいれば、野性味にあふれた子もいるし、まだ子供という子もいます。その中で、別段、顔がきれいな訳じゃないんですが、いや、むしろちょっとつぶれた感じの顔なんですが、小柄で、毛並みや、肉球のぐあいから、結構なお婆ちゃんだと思うのですが、愛想のいい、いや、いいなんてもんじゃない猫がいるんです。
勝手に「みーちゃん」って名前を付けてるんですが、首輪も付けてるので飼い猫だと思います。「チッチ」と舌打ちすると寄ってきてくれます。これだけなら、他にもそういう子はいるのですが、みーちゃんは例え寝ていたとしても、素早く起き上がって、そして、小走りにこっちに寄ってきます。
舌打ちでこの子を呼ぶのなんて私だけだと思うので、撫でてあげるだけで、餌をあげるわけでもないことはもうわかってると思うのですが、いつでも寄ってきてくれます。こんなことをしてくれるのは私の人徳、いやいや猫徳のお陰であるわけはなくて、きっと、この子の飼い主の躾のたまものなんでしょうね。もちろん、素養もあるのだと思います。
そしてお別れのときに、軽く頭をポンポンとしてあげると、元いた場所に帰って行きます。本当にいい子です。でも、お腹触られるのは嫌がります。猫のお腹好きなのに。
まあ、つまり、その、猫馬鹿です。
投稿者 黒川鍵司 : 21:25 | コメント (0) | トラックバック
2007年3月31日
戯言
- 第二の審判終了。とりあえず、緊張。あの武満の金属打撃の持続音が続く曲は、高域特性の限界を試されている気がして、ひやひやモノでした。そうそう、私は緊張すると二極の態度をとる癖がありまして、それは、黙り込むか、しゃべりまくるかなんですが、今日は後者になってました。お酒が入ってさらに長広舌。また、相手してくださる方が聴き上手でらっしゃって、さらに倍。ご迷惑おかけいたしました。本当にすいませんでした。話は変わりますが、これほどクラシックばかりかけたのは始めてじゃないかなぁ。
- 泊まる場所がない? だったら、うちに泊まってもいいけど、身の安全は保証しないよ。
- そして、とっておきの悪意をあなたへ。
投稿者 黒川鍵司 : 23:47 | コメント (7) | トラックバック
2007年3月28日
また
植木等さんもお亡くなりになられましたね。みんな、いなくなっちゃうという気がしてなりません。
投稿者 黒川鍵司 : 21:22 | コメント (0) | トラックバック
2007年3月27日
似顔絵
このブログにも、ちょくちょくコメントを下さるエルモさんが似顔絵イラストメーカーなるもので作成された、ご自身の似顔絵を公開されています。なかなか、似てらっしゃいますねぇ。でも、ご本人は、もうちょっと優しさとか親しみやすさが顔ににじみ出てらっしゃるような。いや、それよりも何よりも「主任さん」のイラストが気になッちゃったりなんかしちゃったして、ちょんちょん。
で、実は私も去年ある人に描いていただいた似顔絵がございまして。既にご覧の方もいらっしゃると思いますが、こちらでも公開してみます。

いかがでしょう。実物より、5割くらい良く描いていただいている気がしてなりませんが(笑)。
実はこれを描いて下さった方、直接の面識がございません。写真だけで、ここまでお描きになれるというのは、やはり才能でありましょう。
描いていただいたマミさんに、改めて御礼を。本当にありがとうございました。
投稿者 黒川鍵司 : 21:29 | コメント (7) | トラックバック
2007年3月26日
戯言
- 19歳が、18歳年上の男性と草津へ温泉旅行して一服。なんか、荒木経惟の写真にありそうなシュチエーションだなぁと。
- 久々に大笑いしました。
http://www.geocities.co.jp/Playtown/4937/models/models.htm オーディオを趣味にしている人間としては暴言に近いことになるのだろうが、SACDは必要かといわれれば「なくてもいい」と答える。確かに、その情報量の多さ、優れた高域特性など、再生音における優位性は認めるが、それはあくまでスペック、数値の問題で、聴覚的にそれを感じられるかといわれれば、同一条件で、あえて比較すれば感じられる程度の違いでしかない。仮にAAC192kbpsと通常のCDとSACDを、絶対評価の条件で、ブランドテストをされたとしたら、私には差を聴き分けられる自信はまったくない。
と書かれたメモがカバンから出てきました。おそらく長時間電車に乗っているときに書いたんでしょうね。暇だったんだなぁ。
私がSACDを購入する場合の条件は、1)通常のCDと価格が同じ、もしくは差が200円以内。2)欲しいと思った音楽がSACDでしかリリースされていない。この二つになる。そして、ほとんどの場合、前者の理由になる。同じ価格であれば、多少なりとも音質がよいとされるほうを選ぶ。同じ価格ならオマケがついている方を選ぶという感覚と違いはない。しかし、このような条件が発生することはほとんどない。まず、SACDにおいてはソフトの絶対数が少なすぎる。クラシック、ジャズはまだしもロック、ポップス系の少なさは私にとっては致命的である。また、ほとんどの場合、売価が通常のCDの1.25〜2倍以上となる。ほんの少しの音質の向上のために数万円の投資をするオーディオファイルにとっては、微々たる物なのかもしれないが、私はSACDと通常CDの音質の差に倍の価値は見出せない。
ここ最近でSACDにおいてニュースと言えば、SonyのPlayStation3がSACD再生をサポートしたことだろうか。単にDVDプレイヤーからユニバーサルプレイヤーになっただけのことでしかないのだが、PlayStation2においてDVDが再生できることがDVDというメディアの普及の一助となったことをうけて、これがSACD普及につながるという楽観があったりする。このことは、ほとんどの人には興味が湧かないはずだ。差もよくわからない、値段は高いというメディアを喜んで買う人間はよっぽどの物好きだ。DVDにはそれまでのLD、ビデオテープなどにくらべて、コンパクトで一見してわかる画質の向上があり、納得できる価格であるという条件があったからこそ、普及があったわけだ。比較ではなく絶対評価をした際に、明らかにわかる差がなければ、いくらスペックを説明しても、そのメディアが普及するわけがない。
オーディオにおいて、本当に音質を大きく向上させたいなら、SACDを再生するよりも、プレイヤーなり、スピーカーなりをグレードアップした方が確実だ。それなりの条件が整った上で、さらなる向上を願うとき、やっとSACDの出番になるといえるだろう。当然、そこまでやる人間は、多くない。
投稿者 黒川鍵司 : 20:45 | コメント (9) | トラックバック
2007年3月22日
戯言
- 寄生虫というのは、基本的に存在を目立たせないことで生き残っていくわけだ。目立ち過ぎれば駆除されるってこった。
- 先日買ったフォーレの「レクイエム」にはDAC64mk2の音があわない気がして、17S1の出力で聴いてみる。しっくり。こういうことができるのがDAC追加の醍醐味かもしれない。
- 加湿器と空気清浄機。閉じられた窓。一日二回の服薬。なにか他のことまで治療されている気分になるのは何故だろう。それにしても、こっちの部屋って、こんなに広かったんだな。
投稿者 黒川鍵司 : 00:45 | コメント (4) | トラックバック
2007年3月19日
「狂ったフクロウの治療」
という題名のアルバムがあったと思うのですが、誰の作品でしたかね。ジャケットもインパクトのある絵柄だったと記憶しています。
しばらく、iQ7の方で音楽を聴いていませんでした。サブシステムのR-K700とControl1Xで聴いていました。なんか大きなスピーカーに向かう元気がなかったからなのですが、普通にリーズナブルに良い音で楽しみたいという程度であれば、この組み合わせで十分ですね。R-K700にはテープアウトがあるので、外付けのヘッドホンアンプもつかえるし、デジタルの入力もあるのでPCをトランスポートにもできますしね。フォノ入力もあったりします。コンパクトにまとめたいのなら、このレシーバーは十分にありだと思います。
で、今日からiQ7の方で聴き始めました。1週間ぶりくらいでしょうか。やっぱり、容積が大きいだけあって、低音の充実感が違いますね。しばらく、こちらの音に浸りたいと思います。
投稿者 黒川鍵司 : 22:32 | コメント (0) | トラックバック
2007年3月18日
買い物をしましたよ
家に閉じこもっているのもなんなので買い物しました。
まず、CDを十数枚。ブリトニーとキッスとボブ・マーリーとランナウェイズと、フォーレのレクイエムにベートーベンの2、3が一緒にやってくるというのはなかなか楽しいものがありますな。
そして、蝶の標本を買って、棚に飾りました。そういえば、ナボコフは蝶のコレクターだったのだっけ。宇野亜喜良の少女の絵が描かれた皿と並べて、そんなことを連想したりして。
とりあえず、それなりに元気です。
投稿者 黒川鍵司 : 00:45 | コメント (7) | トラックバック
2007年3月17日
思いでいろいろ
時間ができるといろいろ思い出す。
4年次、学費が払えなくなって除籍寸前になった時、3人の教授が立て替えてくれることなった。確か合計で90万円。社会人になって月々返済し、1年でなんとか完済。最後の返済の回、相手は彼だった。「せっかくなので直接お会いしてお返ししたいのですが」という申し出を、気軽にお受けいただいた。その場で何を話しただろう。曖昧にしか覚えていないが、「早かったね」とか「これで完了だね」とかそんな会話だっただろうか。「お祝いに」といってお渡しした封筒から1枚抜き取り、私に渡そうとするので、懸命に固辞したことはよく覚えているのだけど。
一般教養の授業で、生徒に仕掛けるトリックに加担したなんてこともあった。卒論発表会にも毎回、ご招待をいただいたし、よく一緒にいたものだから「貴方は彼のゼミの学生なんでしょ?」と勘違いされることもあった。実際にはゼミにはいなかったけれど、半ゼミ生みたいなもんだった。それを言ったら他のところでも同様だったけど。3年のときにつくった統計学の冊子を褒めていただいたことも覚えている。その原稿が欲しいといわれたのでデータで渡した記憶があるのだけど、あれは、その後どうなったのだろう。多少なりとも授業に役立っただろうか。校内で暇そうにしていると、いつも「バイトしない?」と声をかけられた。半ばおしゃべりたのしみつつ、研究室で資料のホチキス止めや、データ入力。そんなことは10回や20回じゃすまないはず。確か時給は700円。途中で値上がりしたこともあったような気がする。娘さんの写真をお見せいただいたのも、このバイトのときだったと思う。高校受験で志望校に合格したという話になって、写真をお出しになった。ブレザーの制服を着たかわいらしい娘さんの笑顔は、どことなく、そう、鼻のあたりが彼と似ていた。あの写真を出すときの彼の、嬉しいような恥ずかしいような笑顔は、今も思い出せる。
きっと、祭壇の前に、この娘さんもいらしたのだろう。今は二十歳を越えているはず。顔を上げることができなかった私は、その姿を確認することはできなかったけれど。
式場できいた、最後まで学生へのガイダンスのことを気にしていて、代理をたてても、病床から毎回毎回電話で結果を確認していたなんてエピソードは、彼らしすぎる。大学教授にありがちな、不遜な態度とはまるで無縁の人だった。
灰は灰に。思い出は思い出に。
投稿者 黒川鍵司 : 11:46 | コメント (3) | トラックバック
2007年3月13日
****
痛飲。
顔をあげて、祭壇をまともに見ることなど、できるわけなかった。
投稿者 黒川鍵司 : 23:21 | コメント (0) | トラックバック
2007年3月12日
****
名前が検索されている理由の一端がわかった。もう、ずいぶん過去の話だな。ふと開いた文庫本に、鉛筆の走り書きを見つけたような気分だよ。
薔薇の例えを出すまでもなく、名前なんて単なる記号なわけだが、それなりに独自性のある名前なら、検索結果は、その人物を特定するのに有効かもしれない。しかし、この結果には、なにか少しでも私の日常が、それとも装った仮面の数枚が浮かび上がるのだろうか。
帰宅すると電話にメッセージが残されていた。ある教授がなくなったとの連絡。私の学費を出してくれた3名の恩師の一人。Googleの水鏡は、こんな時の私の顔も映しだすのだろうか。
投稿者 黒川鍵司 : 22:17 | コメント (0) | トラックバック
2007年3月11日
戯言
- 古本屋でタンノイのエジンバラ
という本を見つけて内容も確認せずに買ってしまう。病膏肓にいったな。
- 「義務履行後、石のように寝る」ってどこで読んだ表現だったかな。
- 「黒川さんの日記はオーディオのことばっかり。おもしろくない!」
そのとおり。でも、オーディオのこと以外に書くこともないんだよ。 - どうでもいいのだけど、最近英語とドイツ語の迷惑メールがよく来る。英語の方はまだしも、ドイツ語は読めないよ......。
投稿者 黒川鍵司 : 22:10 | コメント (0) | トラックバック
2007年3月10日
re:Set
√
投稿者 黒川鍵司 : 00:18 | コメント (2) | トラックバック
2007年3月 5日
花粉のこともあるので
空気清浄機を買いました。花粉の季節でなくてもオーディオのある部屋は閉切りだし、これくらいの投資はしても良いかなぁと思いまして。運転音もそれなりに静かで悪くないですね。
投稿者 黒川鍵司 : 22:58 | コメント (3) | トラックバック
2007年3月 3日
戯言
- 150km以上の移動。2〜3日なら良いが、もう7日。そして訪れた静かな生活。以前と何も変わっていないこと、いや、以前よりも楽なことにちょっとした驚き。
- 昔のデッカの音源を聴くと、マイクの数なんて意味がないと気付かされる。要はエンジニアのセンスという奴だと。
- 花粉は相変わらず。白いカラス天狗マスク着用、鼻炎薬、時には点鼻薬の投与。既に恒例行事だな。
投稿者 黒川鍵司 : 12:12 | コメント (3) | トラックバック
2007年2月18日
戯言
- 審判第一回目終了。緊張しました。第二回は3月かなぁ。
- 2週間くらい前から花粉症が始まっています。去年は楽だった分、今年はつらく感じるかな。
- どうして、人間って何かと二項対立の図式で理解しようとするんでしょうね。
- きっと今更となるのでしょうが、若槻千夏さんのブログが面白いです。
投稿者 黒川鍵司 : 13:10 | コメント (6) | トラックバック
2007年2月 4日
戯言
- できなくなる可能性があるなら、前もってやっておくことにしています。
- 録音の質とか、ノイズがどうのこうのということよりも、なにか心を動かされるものがあるかが、私には重要なのです。
- アジテーション・フリーのライブにはいけそうにないなぁ。
投稿者 黒川鍵司 : 15:23 | コメント (10) | トラックバック
2007年1月26日
戯言
- 土屋アンナさんを見かけると、あなたを思い出します。顔が、特に目の辺りが似てると思うのですが、いかがです?
- こちらのサイトのこのDVDを買いました。すでに、ご送付いただいたそうで、楽しみ楽しみ。
- 2月にゴーヤさんが私の部屋に降臨されるそうです。(( ;゚д゚))アワワワワ
投稿者 黒川鍵司 : 20:46 | コメント (13) | トラックバック
2007年1月22日
予定
-
購入するだろうもの。
- 座面50cm程度のスツール
- カーペット
- そろそろ納豆が買えるはずなので購入。
- 2月24日は、お寺の手伝いなので行けないなぁ。
- +81がおいてある書店を近場で探す。
- ゴーヤさん、Waldstimmeさんに拙オーディオシステムを聴いていただく。本当は一刻も早くと思っているのですが、お聴きいただくだけのクオリティになっていないのではないかと恐れておりまして......。
- 今度の日曜日にうぃんさんが試聴にくる予定。彼は確実に耳がいいので怖い.......。
投稿者 黒川鍵司 : 23:55 | コメント (10) | トラックバック
2007年1月18日
戯言
- それで、君の探してた「居場所」というやつは見つかったのかな?
- あれとこれとそれを片付けなきゃ。
- デジタルケーブルをオーディオクエストのVDM-1に変えたら、すっきりと見通しが良くなって、一皮むけた。おいおい、デジタルでもケーブルの差があるのかよ。
投稿者 黒川鍵司 : 23:02 | コメント (12) | トラックバック
2007年1月 8日
近所でお買い物
そういえばバスタオルが足らないなぁと思って、衣料品の安いお店に足を伸ばす。2枚で980円。別にフカフカである必要もないので十分十分。
帰りは回り道をしながら歩く。最近できたとおぼしきマンション、もしくは妙に小ぎれいな建て売り住宅。そういう建物に囲まれて、2軒の小さな家が、身を寄せあっている。平屋で、外装はトタンではないが、塩ビかなにかの波板だ。なんとなく人の住んでいる様子はある。北国でソーシャルワーカーをやっている学友が「ビルが建ち並んでる都市部の陰の、忘れられたような場所に、本当に見た目からして古い平屋が建っていて、そこにたった一人でおばあちゃんがすんでるなんてことがあるんだよ」と言っていたっけ。ここも、そういう建物なのかもしれないな。
そんなことを考えつつ、自宅に近づくと、近所の和菓子屋さんの前を通りかかる。ああ、これは買えってことだ、店に入り、5百円分くらいお買い物。お会計したらお年賀ということで粗品をいただく。そういえば、先日初詣帰りに友人と一緒に入った喫茶、いや、喫茶というとイメージがわかないと思うのだけど、おそらく元々は日本茶を売っていたお店だと思うのだが、そこが喫茶になっているという具合の店で、メニューにも煎茶などがあったりする喫茶なだけど、そこで私はお抹茶をもらったら羊羹がついてきて、サービスで椎茸茶(というよりスープ)もついてきて、お会計では昆布茶のパックを粗品ということでいただいたりした。こういう「お年賀」という感覚をすっかり忘れていたものだから、ちょっと恐縮つつも、妙に嬉しかったりする。欧米だったらクリスマスにこういうサービスをしたりするのだろうか? 変に外資めいた日本のフランチャイズ店では、どちらもないわけだけど。
そういえば初詣のとき親友に「あのスピーカーで聴くときはじっと集中して聴くの?」と尋ねられた。答えはもちろん「違う」という事になる。基本的に、何か別のことをしながら、こうして文章を打っていたり、本を読んでいたりしている。今はワルキューレの第三幕が流れている。時々、ストリングスや、ソプラノに耳が向いてしまって、手が止まる。そんなことを繰り返しながら、この文章は書かれている。
さて、次はゲッツ&ジルベルトをかけましょうかね。
投稿者 黒川鍵司 : 15:37 | コメント (4) | トラックバック
2007年1月 5日
戯言
- 中東の元大統領の処刑を「非人道的だ」といった人が、彼の国への集団的自衛権を断固主張する。
- 「夢」なんてものは、視界の端っこにチラチラしていて、気になって振り向くと消えてしまうようなものでしかなかったよ。
- 次回はER-6iとE3cの比較記事の予定です。
投稿者 黒川鍵司 : 20:40 | コメント (0) | トラックバック
2007年1月 3日
戯言
- 民放が視聴率にこだわる理由はわかる。収入に結びつく訳だから。公共放送がこだわるのがわからない。視聴率と支持率とは別のものな訳で、局としてのイメージにこだわらずに、一定の視聴率を維持したいなら、朝から晩までハードコアポルノでも流しておけば良いと思う。
- い、今更かよ。
- 「どろろ」の映画化って本当にやってんたんですね。でも、私の中では、柴咲コウって、どうしても若い頃の梶芽衣子とかぶってしまうのです。「サソリ」が思い浮かんで、ものすごく強そうにみえてしまいます。大人の女性を使うにしても深津絵里あたりの方が似合ったのではないかと思ったり。
- 0円DACという呼び名はあんまりなので、これからは正式名称D-10と呼ぶことにします。
投稿者 黒川鍵司 : 11:19 | コメント (6) | トラックバック
2007年1月 1日
あけました。
おめでとうございます。
こういう挨拶を、このブログでするのも3回目ですね。その間に進歩があったかと言われると、非常に微妙ですが、どうぞ、今年もよろしくお願いいたします。
本日は、元日ということで引きこもっております。何をしていたかというと下記の通りです。
- 例の0円DAC、エソテリックD-10に昨日買ってきたaudio-technica AT-DV95D/1.3 DVDデジタルAケーブル
をつなぎました。SA-17S1そのままの出力と聴き比べを3時間程してみたのですが、DACを通した方が音の充実感が微妙に上がります。音量も少し上がっているので、そのせいもあると思うのですけれど、通した方が好みの音なので、しばらくこれで行ってみたいともいます。
- マグマのライブDVD神話と伝説~第二章~
を観ました。すごいですわ。何も言うことはありません。マグマが好きなら観るしかない内容です。アントワーヌがいい声で歌ってるなぁ。ボーカルはマグマでしか披露しないってことでした(理由は「それがマグマだから」と言ってました)が、もったいない。それにしても、これ観た後だったら、会ったときにあんなにフランクに接することはできなかったでしょうね。カートリッジの件、早くメールしなきゃ。
投稿者 黒川鍵司 : 21:57 | コメント (14) | トラックバック
2006年12月27日
戯言
- 表層だけを変えて、歴史は繰り返す。
- スキャナ、コピー機能をもったプリンタを買いました。ネットワーク対応で1万6千円。安くなりましたね。
- あなたは時に脅威を感じませんか? 音と映像の奔流に。
投稿者 黒川鍵司 : 22:32 | コメント (3) | トラックバック
2006年12月24日
アントワーヌ・パガノッティからメールが来ました。(その2)
前回、カートリッジについて質問を受けた訳ですが、その返信でいくつか質問をしました。その回答を要約すると、下記のような感じです。
- カートリッジを交換したいと思うのは、十年以上も使っていて老朽化しているし、また、日本で買った新しいものを購入したのだけど、その針が擦り切れてしまったからです。また、もっと良いものがあれば、それに交換したいと思っています。
- DL103に不満はなく、円錐形の針のお陰だと思うのですが、高域が繊細で、自然で良いバランスだと感じています。
- プレイヤーは父が使っていた古い「sony broadcast ts-3000」です。
う〜ん、やはりSHIDAさんのおっしゃるとおり、あまり選択の余地はなさそうです。「価格が高くないものを」というリクエストもいただいているので、そのままDL103をそのまま使うことをお薦めするべきなんでしょうか。う〜ん、これを気に私もアナログに手を出して......危ない危ない......。
他にもいいカートリッジがあるよ! という方。いらっしゃいましたら、こちらへのコメント、もしくはメールにてご連絡いただければ幸いです。
投稿者 黒川鍵司 : 10:23 | コメント (6) | トラックバック
2006年12月17日
アントワーヌ・パガノッティからメールが来ました。
先日、リシャール・ピナス・バンドで来日した際に仲良くさせていただいたアントワーヌ・パガノッティのからメールが来ました。
なんでも、日本から帰るなり電車に乗り込み、マグマのライブへと向かい、三日間演奏して、その後もリハーサルやらギグやらで忙殺されているのだとか。「それが終わったら、クリスマスの4日間は田舎に戻って、妻と娘と一緒に休みをとります」っていう文面に、彼の人の良さを思い出したりしました。
そのメールに一つ質問が書いてありました。
「デノンのDL103という古いカートリッジを使っているんだけど、新しいのに買えようと思うんだ。それほど値段が高くないもので良いものはあるかな?」
よりによってカートリッジですか......。アナログはやってないからわからないなんて言えないので、とりあえずダイナ5555の清水さんに相談してこようと思いますが、どなたかいいカートリッジをご存知の方はお教えいただけると、黒川喜びます。どうぞ、よろしくお願いいたします。
投稿者 黒川鍵司 : 09:06 | コメント (2) | トラックバック
2006年12月13日
来年のこと
をいうと鬼が笑うと言いますが、もう半月しかない訳で。というわけで、来年の予定をぼんやりと考えてみたりしています。
- 今年は結局TOEICしかとらず、575点という微妙な点数でした。来年は3つくらいは資格をとりたいなぁと。
- いい加減いくつかの文章を仕上げたいのですが、今年もそんなことを言っていたような。
- お買い物リスト
- AKGのヘッドホンをなにか。
- Linuxを入れて遊ぶための中古ノートPC
- CHORD DAC 64Mk2(まあ、夢も持っておかないと)
ってなところでしょうか。まあ、言うは易し、行うは難しでしょうなぁ(ここで諦めてどうする)。
投稿者 黒川鍵司 : 20:14 | コメント (2) | トラックバック
2006年12月 9日
戯言
- ノロウイルスからは完全に回復しました。しかし、上から下から凄まじいものでした。ニュースに取り上げられる程流行しているようです。根本的な治療方法もないので、どうぞ、皆様お気をつけ下さい。
- やっとフラグスタートが歌う「トリスタンとイゾルデ」を聴いている。モノラル? それがなにか?
- ウルトラゾーネとAKGがない訳ですが、やっぱり補完した方が良いでしょうかね。
投稿者 黒川鍵司 : 19:32 | コメント (4) | トラックバック
2006年12月 4日
この土日
- 土曜日とリシャール・ピナス・バンドのお手伝いをしてきました。リシャール・ピナスはエルドンの元リーダーです。ずっとタバコをすってるリシャール・ピナス、195cmあるというジェローム・シュミット、人の良さがにじみ出ているアントワーヌ・パガノッティ。ライブ自体もかなり良かったです。特に吉田達也とのセッションのテンションの高さはとんでもないものでした。で、打ち上げにも行ったのですが、また悪い癖で現マグマ・メンバーのアントワーヌの前でコバイア語で歌ってしまいました。いや、でも、今回は黒木さんがいけない、ということにさせて下さい。また、アントワーヌがステージでヘッドホンを使っていたのですが、あまり良いものに見えなかったので、たまたまもっていたHFI-700DVDをプレゼントしました。いつか、使ってるところが見られると良いなぁ。
- うってかわって、日曜日の朝からは発熱と身体の上下から排出が止まらないという状態になりました。この症状からするとノロウイルスだとおもいます。日曜日はahtohさんとお約束があったのですが、ドタキャンさせていただくことになってしまいました。ahtohさん、本当にごめんなさい。今日になって起きていられる様にはなったのですが、虚脱感が凄まじいです。
- SACDプレイヤーが帰ってきました。結構早かったですね。
投稿者 黒川鍵司 : 17:01 | コメント (6) | トラックバック
2006年11月28日
戯言
- そろそろ愛想を尽かしてみる。
- 傷ついたときに保護して、その後飛び立った鳥が、奇麗になった姿を見せてくれた。嬉しいものだ。
- 一日30分程度ですが書き進めています。年内にはとりあえずのドラフトをお送り出来るかと思います。>Waldstimmeさん
投稿者 黒川鍵司 : 21:48 | コメント (6) | トラックバック
2006年11月19日
戯言
- わかりやすい戦争なんてものがあったらしい。
- ケーブルがAudioQuestのType8になり、AUDIO SPIDER SHEETも導入し、その他ドーピングやらインプラントやら細々やって、拙いながらも、なんとかそれなりのクオリティに。 エロ男爵さん、近々ご連絡さし上げます。ゴーヤさんとWaldstimmeさんにはもう少しお待ちをいただきたく。
- 喫茶店で読んだドナルド・キーンの新聞連載がとても良かった。オペラについての部分では、私の耳にフラグスタートの声が聴こえてきた。読後、CD購入に旅立ってしまったのは言うまでもない。
投稿者 黒川鍵司 : 13:12 | コメント (7) | トラックバック
2006年11月 3日
戯言
- クラシックばっかり聴いてると思ってるでしょ? 今聴いてるのはブラック・サバスの「パラノイド」だよ。
- 角度は、横だけではなく、縦にもある。
- 現在の技術で可能な限り復元された「メトロポリス
」を購入。ジョルジオ・モロダー版では理解しかねた部分、例えば発明家ロートバングが何故、憎んでいるはずのフレダーセンの依頼をいとも簡単に受けてしまうのかとか、マリアとアンドロイドが間違われるというシーンがまったくない事などが、全てスッキリと解明された。単純な勧善懲悪ではないゆえに、切り刻まれ単純化されてしまった物語。きっと多くの無声映画も同じような運命を辿って、今の観客に「安易」と思われているのではないか? などと思わせてくれた。
- 「ザ」じゃなくて「ジ」だろ? 「オ」の前なら。
投稿者 黒川鍵司 : 10:41 | コメント (2) | トラックバック
2006年11月 2日
送り主バトン
またバトンです。めんど......いやいや、やらなくてはね。
01. 送り主の名前
まやちーさん
02. 送り主の第一印象
おきあがりこぼし?
03. 送り主に一回やら


