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What is "Ashra"?

Ashra(アシュラ)?

ashra tempel 1971 どうしても「阿修羅」という字が浮かぶと思います違います。Manuel Göttsching(マニュエル・ゲッチング)を中心としたドイツのロックグループです。

 1970年にヘルムート・エンケ(b)、マニュエル(g)、そしてタンジェリン・ドリームから脱退したばかりのクラウス・シュルツ(dr)の3人によって“Ash Ra Tempel(アシュ・ラ・テンプル)”が結成されました。疾走感に満ちたシュルツのドラムに、弱冠18歳のマニュエルの凶暴なギター、そして、エンケのどんよりとしたベースという恐ろしい演奏でファーストアルバム“Ash Ra Tempel”をリリースしました。

 シュルツは自分独自の音楽を追求するために脱退した後も、ピンクフロイドの影響を大きく感じさせる“Schwingungen”、LSDの教祖と言われるティモシー・リアリーとの共作とされる“Seven Up”、再びシュルツをゲストとして向かえた“Join Inn”などをリリースしていきます。この“Join Inn”を最後にエンケも脱退してしまいます。ドラッグのオーバードーズによって廃人になったのだとよく言われていますが、アシュラの公式ページによると、彼は今もベルリンに住んでいて、時おりマニュエルをたずね昔話に花を咲かせるとあります。脱退の真相はいまだ不明としておいたほうがよさそうです。

Manuel 1976 エンケの脱退により、アシュ・ラ・テンプルはマニュエルだけのグループとなってしまいます。この時にリリースされたのが前作“Join Inn”にも参加しているマニュエルの恋人ROSIを中心に据えた“Starring Rosi ”でした。実質上はマニュエルが中心人物であるはずなのに、ジャケットではわざと目立たないようにしているとしか思えない写り方です。

 このままアシュ・ラ・テンプルは消えてしまってもおかしくなかったわけですが、転機といえるアルバムが生まれます。それが“Inventions For Electric Guitar”。ここで、やっと彼らしい音楽が花開き、次のアルバム“New Age Of Earth”ではヴァージンレコードと契約し、その際、名称を“Ashra”に変更しました。4枚のアルバムをだした時点で、ヴァージンから離れ、アシュラはしばらくなりを潜めますが、その間に、今では伝説的な作品となり、アンビエントテクノ、トランスミュージックの先駆とされる“E2-E4”をマニュエル個人の名義でリリース。89年にはアシュラ名義で“Walkin' The Desert”、91年に“Tropical Heat”。ashra 1997

 その後、シュルツのアルバムへのゲスト参加などはありましたが、アシュラとしてのリリースがなくファンをやきもきさせましたが、97年になんと来日。健在ぶりを示しました。2000年には結成30周年を記念し、盟友シュルツと共に“Ash Ra Temple”としてのコンサートなども行っています。

 

どんな音楽?

inner of e2-e4 プログレッシブ・ロック、ジャーマン・ロック、クラウト・ロック、ジャーマン・テクノなどといろいろなカテゴライズがされていますが、どれも的を射ているとは言い難い気がします。
 
マニュエルの音楽は変化を続けていますが、1997年時点での彼らの音楽であれば、精緻なテクノミュージックと思えばなんとなくイメージがつかめるかもしれません。また、ミニマル音楽からの影響も大きく感じられますのでテリー・ライリーやスティーブ・ライヒをご存知であれば理解しやすい音楽かもしれません。  

 

マニュエルらしさとは?

Manuel in Berlin 独特な美しい陶酔感(今風に言えばトランス感覚)とクールなスマートさ、軽やかさとお答えします。他の実験的なドイツの音楽が観念的な重厚さや、不気味なブラックユーモアをアピールしているのとは対比的です。これがマニュエルの音楽を現代にも通用するものにしており、どんな音楽であっても吸収する懐の深さを作り出しているといえるでしょう。
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